第4章 3. ヴィランのルージュ
(私はこの姿のフロイド先輩を、見たことがある……?)
式典服姿のフロイドを見るのは初めてである筈なのに、何故かシェラにはそうは思えなかった。
何時どこで見たと訊かれても答えられないし、説明がつかない。
よく分からないが、この胸の苦しさは〝やっと会えた〟という、再会の喜びに震えているようだった。
フロイドの手がそっとシェラの頬を撫でた。
動きに合わせて、フロイドの耳についているブルークォーツのような耳飾りがしゃらんと涼しげな音を立てて揺れる。
シェラを見つめるフロイドの瞳は水面のように揺れていて、それでいてシェラの姿に〝別のシェラ〟を見ているようだった。
少し冷えた彼の手に、シェラは自分の手を上から重ねて指を絡める。
「あなたはどうしてそんなに悲しそうな顔をするんですか」
シェラはそう言った。シェラの口を借りて、シェラの中の〝別のシェラ〟がそう言った。
やるせなさと、絶望と、慈しみが混ざって溶け合った水面の瞳は見ていてるだけで胸が痛くなった。
もう見たくないと思った。そして、また見てしまったと思った。
夢を見ているようだった。
自分が自分で無いみたいだった。
けれど、胸を支配するこの感情は、はっきりと自分のものだと思った。
「フロイド、シェラさん、そろそろ時間ですよ」
ジェイドの声でフロイドとシェラは現実に引き戻された。
我に返ったフロイドはシェラの頬に触れていた手をさっと引っ込めた。
(今、私達はなにを……)
シェラの顔色がさあっと青くなる。
初めに声をかけたジェイドをちらりと見やると、顎に手をそえながらにっこりと深い笑顔で『お邪魔でしたか』と言っていた。
「言葉を失うくらい、私の化粧した顔に違和感がありますか?」
シェラはフードを被り直すと、最後の最後まで無言だったフロイドを見上げながら言った。少しだけ頬を赤く染めながら。
照れ隠しとか、誤魔化しとか言われても仕方ない台詞だったが、今のシェラの頭ではこれしか出てこなかった。
「そっ、そんなこと言ってねーじゃん!」
しかしフロイドもフロイドで、シェラにそう言われた途端に顔を赤くし、サッと勢いよくフードを被った。