第4章 3. ヴィランのルージュ
「いえ、驚きました。素朴ですが綺麗な顔をされているとは思っていましたが、まさかメイクでここまで美しく変わるとは。普段のぼんやりとしたシェラさんはどこへやら」
「ジェイド先輩あなた本当に一言余計ですね」
つい思ったことが口をついて出てしまった。
素朴はもう良いとして、ぼんやりは余計だ。
「ねぇ?おふたりとも?」
「あ、あぁ……そうですね。僕も驚きました」
ジェイドが未だに黙ったままのアズールとフロイドに話を振ると、アズールはわざとらしい手つきで眼鏡を直しながら答えた。
ジェイドに乗じて嫌味でも言ってくるのかと思ったが、すんなり驚いたことを認めて、シェラは意外と言いたげに眉を上げる。
アズールの顔が僅かに赤くなっている気がするが、気のせいだろうか。
「フロイド?」
ジェイドの呼びかけにも応えず、シェラのフードを掴んだままぽかんと固まっているフロイド。
1番最初に何か言ってきそうだと思っていただけに、この反応は想定外。
想定外を通り越して、らしくないくらいだとシェラは思った。
「らしくないですね」
シェラはそう言いながら、フードを掴む手を離してもらおうとフロイドの手をトントンと軽く叩く。
フロイドはフードを掴んでいた手を離すと、驚いた様子から一転、神妙な面持ちでシェラの顔をじっと見つめる。
言いたいことがあるならどうぞ、とシェラも同じようにしてフロイドの顔をじっと見つめる。
式典メイクを施したフロイドの顔を見てシェラは初め、ノーメイクの時よりも垂れ目が強調されているのに、下がった目尻がこんなにも優しく見えない人なんているんだと思った。
ゴールドとオリーブのオッドアイと、シェラの黒真珠の瞳が交差する。
ふいに、胸が締めつけられるような感覚に襲われた。
ひゅっと息を呑んだシェラの唇が揺れる。
(あれ、私、この姿、どこかで……)
夢を見ているようだった。
もしくは、誰かに憑依されているような感覚だった。
見開いた目には、黒と紫の生地に金糸の刺繍が妖艶なローブを纏うフロイドの姿が歪んで見え、彼本人と彼と同じ姿をする影のようなものが重なったように感じた。
その瞬間、シェラはフロイドの姿に、〝別のフロイド〟を見た。
途端に、一言では形容し難い感情で胸がいっぱいになる。