第1章 0.タナトスの手
心の中で自分の名前に対して首を傾げていると、闇の鏡は無慈悲にも、私の帰る場所はこの世界のどこにも無いと、まるで死刑宣告のような事実を突きつけてきた。
入学式の後、学園長と一緒に図書館で調べ物をしても帰る手掛かりは何も見つからなかった。
それどころか、違う惑星から来た宇宙人や、別世界から召喚された異世界人疑惑が出てきたのだ。
宇宙人はさておき、学園長はこの世界を〝ツイステッドワンダーランド〟と言っていた。
学園長が私の故郷を全く知らないのと同じように、私もツイステッドワンダーランドなんて世界は全く知らない。
と、なると私はきっと異世界人になるのだろう。少なくとも自分が宇宙人だとは思いたくない。
身元が分からない一文無しの私を哀れんだ学園長は、オンボロ過ぎて雨漏りがする、言い方を変えれば趣がありすぎる旧寮を当面の宿として貸してくれた。
私を襲った魔獣のグリムとも和解が出来たし、よく見ればマスコットみたいで可愛らしいと思う。
明日から雑用係としての仕事があるという。
「私の名前は、シェラ・リンジー」
もう一度、天井に向けて呟く。
あの時感じた微かな違和感は気の所為だったのかもしれない。
他の名前は、と訊かれたとしても何も出てこない。
口にすればするほど、融けて混ざるように、私の中へすーっと馴染んでいった。
私はどうしてこの世界に召喚されてしまったのだろう。
一部の記憶を残して、他は霧の中。
この世界に来るまでどんな人生を歩んでいたか、自分にまつわることの記憶は不鮮明で、思い出せない。
逆に、自分に関わらないこと――住んでいた国の名前や都市の名前、どんな物を飲み食いし、人々がどのように生活を営んでいたかなど、故郷にまつわることの記憶は鮮明だった。
ただ、その中でも自分自身が見てきた景色については、覚えてはいるものの、焦点が合わずに滲んだ世界となって記憶されていた。
私は長い長い夢を見ているだけ。このまま眠ればきっと私は元の世界に帰れているはず。
そんな淡すぎる期待を胸に、私は目を閉じた。
ありえない出来事が起こりすぎて疲れていたからか、睡魔はすぐにやって来た。その晩は泥のように眠った。
そして私の願いも虚しく、翌朝ゴーストに叩き起されて目覚め、寝る前と景色が変わっていなかったから、これは夢ではないということがよくよく分かった。