第1章 0.タナトスの手
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なんて悪い夢だ。はやく覚めて欲しい。
そう心の底から願いながらも、一度悪い方向へ傾いた思考はとどまるところを知らない。目に映るもの、手で触れるもの、全てにおいて私の知る日常からはかけ離れているのに、感触がリアル過ぎて夢である気がしない。
なんとか眠れるように整えたものの、寝転んだ矢先底が抜けたベッドに横になりながら、私は今日1日の出来事を思い返した。
何故こんな場所にいるのか、そして何故こんなことになっているのか、何度頭の中で整理しようとしても片付くことはなかった。
黒い馬車が暗い森の中を走っている夢から覚めて目を開けると、なにやら箱のような物の中に横たわっていたし、箱の蓋をよく分からない毛玉に燃やされるし。
それに周りを見渡したら棺桶だらけだし、私が入っていた箱だと思っていた物は同じように棺桶だったし。縁起でもない。
おまけに蓋を飛ばした火を吐いて人語を喋る猫のような狸のような魔獣に消し炭にされかけ、身ぐるみを剥がされそうになるし。
ようやっと逃げ切ったと思いきや直ぐに見つかるし。そうしたら今度はクロウリーと名乗る学園長が現れ、〝入学式〟が行われているという鏡の間と呼ばれる部屋へ連行されるし。
鏡の間へ向かう間に学園長はこの世界について色々と教えてくれた。
どうやら私が今いる世界はツイステッドワンダーランドといって、ここはナイトレイブンカレッジという魔法士養成学校らしい。
鏡の間へ入ると、そこには見渡す限り黒い礼服を纏った男子達が整列していた。
時折ハッと驚くほどの美人もいたが、女子とは考えにくい上背だったからきっとその人もまた男子なのだろう。
男子しかいない。説明は受けていないが、ナイトレイブンカレッジは男子校だという事実を突きつけられた。
こんな所に私が居ていいわけが無い。
闇の鏡と呼ばれる、緑色の焔が燃え盛る中に映る冷酷そうな仮面が、私の名を問うた。
『汝の名は――』
私の、名前は――……。
「シェラ・リンジー」
ベッドの中で寝返りを打つと、天井を見つめて私は自分の名前を呟く。
シェラ・リンジー。
あの時、条件反射で口から出た名前に私は微かな違和感を覚えた。
名前なんてこれまで生きていた中で何百回何千回と名乗ってきたはずなのに、あのひっかかる感じは何だったのだろう。