第4章 3. ヴィランのルージュ
「では仔犬、一度メイクを落として今俺がやったようにもう一度やってみろ」
「はい、わかりました」
またパンダなんて言われるのはごめんだ。
明日までに、クルーウェルが施してくれた手本通りに出来るといいが。
腹立たしい人を小馬鹿にしたようなエースのあくどい笑顔を憎々しげに思い出しながら、シェラはリムーバーを染み込ませたコットンで目元を拭った。
◇ ◇ ◇
「やったんだゾ!オレ様専用の式典服なんだゾー!カッケーんだゾ!!」
「グリム、はしゃぎ過ぎてどこかに引っ掛けないようにね」
一夜明けて終業式当日。シェラとグリムは鏡の間へ向かっていた。
入学式ぶりに式典服を着た。上質な生地に金糸の刺繍、華美な装飾。どれも馴染みがなく落ち着かない。
グリムが着ている式典服は、『オレ様も式典服を着たいんだゾー!!』とごねていたグリムに、クロウリーがお決まりの『私、優しいので』で、特別に用意してくれたものだった。
念願のナイトレイブンカレッジの式典服を着ることが出来たからか、グリムは朝からずっとこの調子でご機嫌だった。
今日のスケジュールは昼からの終業式のみで、定刻までまだ時間があった。
式の準備がまだ済んでいないらしく、鏡の間は閉ざされている。
廊下では開場を待つ生徒達が何箇所にも別れて談笑していた。
みな揃いの礼服を着て、黒いメイクを目元に施している。
その中でシェラは見慣れた後ろ姿を見つけ、声をかける。
「エース、デュース、おはよう」
朝昼関係無く、出校して最初の挨拶はおはようと決まっている。
「よお、シェラ、グリム、おは……よっ!?」
「え、シェラ……なのか?」
かけられた声がシェラのものだと気づいたエースとデュースは振り返った、のだが、みるみるその顔は驚愕に満ちていった。
視線は明らかに式典用メイクを施したシェラの顔に注がれていた。
昨日クルーウェルに教えてもらった通りに今朝は式典用のメイクを施した。
寮に帰ってからも練習を重ね、なんとか自力で昨日のクルーウェルに勝るとも劣らない見栄えにまで仕上げることが出来た。
漆黒のヴェールがかかった瞼と、眦を強調した力強い目元。
唇にはクルーウェルから贈られた口紅を塗った。