第4章 3. ヴィランのルージュ
瞼を挟みそうで怖いが、鏡で目元をよく確認しながらそっと睫毛を挟む。
「睫毛は根元、真ん中、毛先の順番で上げていけ。毛先に向けて力を抜くのを忘れるな」
指示通りに根元から順に睫毛を上げていく。幸い瞼を挟まずに済んだ。
下がっている睫毛を上げると、シェラの目元に華やかさが表れた。
どうですか、とクルーウェルに出来を確認してもらうと『good girl!』と返ってきた。
「睫毛が上がったらマスカラだ。……ん?仔犬、お前下睫毛は長いんだな」
「そう、なんですね?」
シェラの顔を覗き込んたクルーウェルが、下睫毛について言及する。
確かにそう言われると、上睫毛より下睫毛の方が印象に残る目元をしていると思った。だからこそ、眠そうに見えるのかも知れないが。
「睫毛の根元に液をつけて毛先に向かって伸ばすように」
クルーウェルがそう言いながら、上睫毛にさっさっとマスカラを塗っていく。
下睫毛は長いから、マスカラは塗るのではなく液を軽くつけて伸ばす程度で良いらしい。
「Good girl!いいじゃないか」
「わ……」
一通りの手順を終えて鏡を見ると、文字通り大変身したシェラが映っていた。
主張が控えめな他のパーツも、目元の華やかさや妖艶さを際立たせるのに一役買っていた。
思わずシェラは感嘆の声をもらした。
「仕上げだ。明日はこれもつけるといい」
満足そうに笑うクルーウェルはシェラにとある物を握らせた。
「口紅?ですか?」
渡された物をかざすようにして見る。
円柱状で手のひらサイズのそれは、上質な革のケースに収められた口紅だった。
ルージュという言葉が良く似合う深い色のリップスティックは、砕いた宝石を存分に宿しているようで光が当たると華やかに輝く。
明るい赤色は式典には相応しくないようだが、黒に似合うダークカラーは問題無いそうだ。
「ああ。魔法が使えないというハンデを背負いながらも秋学期は赤点無しでよくやったからな。……Good girl。良い子には褒美をやるのが俺の躾だ」
「ありがとうございます」
クルーウェルに沢山世話をかけたのは自分の方なのに、こんなに上等なものをもらっていいのだろうかと一瞬悩んだシェラだったが、褒美と言っているからありがたく受け取ることにした。
明日これを塗ってメイクを完成させるのが楽しみだ。