第4章 3. ヴィランのルージュ
いいぞ、という合図でシェラは伏せていた瞼を持ち上げると、そこにはいつもの無気力で眠そうなシェラではなく、強い意志を感じさせる眼力を得たシェラが映っていた。
アイラインひとつで性格まで違って見えるのか、とシェラは感心していると、再びクルーウェルに顎を掴まれた。
「次だ。アイシャドウは初めから濃くするのではなく、徐々に濃くしていけ。ブラシの方が調整しやすい」
教師らしくメイクのポイントを説明しながら、毛束が人差し指の爪ほどの大きさのブラシでシェラの瞼を撫でるようにして黒いアイシャドウを置いていく。
続いてそれよりも小さいブラシで、先程引いたアイラインをぼかすように二重幅へ黒を重ねていく。
更に目尻へ向かって濃くなるようにすると、みるみる黒1色のグラデーションが完成されていった。
次にクルーウェルは、シェラが使わなかったアイブローペンシルを手に取った。
髪色よりもワントーン薄い色で、元のシェラの眉の輪郭を整えていく。
「仔犬、鏡を見てみろ」
「これ、本当に私ですか?」
驚いた。鏡の向こうに違う人がいるみたいだった。
鏡に映る自分を見て、シェラはぱちぱちと瞬きをする。
眦を強調する黒と少し主張を強くさせた眉は、シェラの気だるげで無気力そうな顔立ちに凛とした品をもたらした。
瞼にかかる夜の帳は黒真珠の瞳と絶妙に溶け合って、ミステリアスな妖艶さを醸し出している。
「……仔犬、お前元の顔は素朴で薄めだが、パーツと配置は整っているな。化粧映えする綺麗な顔だ」
素朴で薄め。的確過ぎる評価にシェラは思わず苦笑する。
〝素朴〟で〝薄め〟なシェラの顔が持つポテンシャルに感心したらしいクルーウェルは、顎に手を当てて満足そうにしていた。
「これでも十分だが、更に駄犬共を驚かせてやりたくないか?」
クルーウェルが唇の端を上げてにやりと笑い、更にシェラを変身させようと楽しげに提案する。
「そうですね」
シェラとしては式典用の目の周りを黒く囲うメイクのコツが知れたからもう十分であったが、ここまでくると自分の素朴で薄い顔面がどれだけ大変身出来るのか興味が湧いてきた。
流石のクルーウェルも瞼を挟みそうで不安だったのか、ビューラーはシェラ自身がやるように手渡してきた。