第1章 0.タナトスの手
鏡の中へ連れてこられると、彼が私の前に姿を現した。
ブルークォーツのような透明感のある青色をした彼の耳飾りが、しゃらんと涼しげな音を立てながら揺れた。
彼の上背が私の頭ひとつ分以上あったことに驚いたのも束の間、鏡の中へ引き込まれた勢いでそのまま強く強く抱き締められる。
優しくぎゅーってしてあげるなんて言っていたけれど、嘘だ。ちっとも優しくない。
彼の胸に顔が押しつけられて呼吸をするのもままならない。
全身の骨が軋む。痛い。
まさか息の根を止めにかかってきているのではないかと思わずにはいられない強さで締め上げられる。
足りていない酸素を求めて上を向くと、彼の獰猛な金の瞳と視線がぶつかった。
――涙目になってる。いい顔ぉ。もっと近くでよおく見せてよ。
抱き締める力が緩められた両の手。左手は逃がさないと言わんばかりに私の顎を掴み、右手は腰に回された。
ひゅっと息をのみ唇を震わせると、彼は鋸のような鋭い歯をちらつかせてひどく凶悪に笑った。
拘束する力が強すぎて身動きが取れなくなっていると、先程よりも至近距離に彼の顔が迫ってくる。
さらさらと流れる彼の髪が私の頬に触れた。
嬉々として獲物を狙うような笑みが吐息のかかる距離まで近づいたと思った瞬間、彼の唇が私の唇に押し当てられた。
それが、私の初めてのキスだった。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
私のファーストキスは、幼い頃に少女漫画で胸をときめかせた甘酸っぱいものとは程遠く、唾液の一滴も全て吸い尽さんとする激しいキスだった。
唇で唇をこじあけられ、硬直した舌を絡めとり蹂躙される。
息が続かなくて苦しくなって顔を背けても、強引に引き戻されれる。
まだ足りない、もっと、と飢えた肉食魚のように何度も何度も彼は私の唇を求めた。
貪るように私を求めた唇が離れると、彼の大きな手が慈しむように私の頬を撫でた。
激情に駆られたキスからは想像出来ない、硝子細工に触れるような優しい手つきは、まるで私の存在を確かめているようだった。
私を覗き込む彼の瞳は、水面のように揺れていて、何故だかとても悲しそうに見えて胸が痛んだ。
恐る恐る手を伸ばし、彼の頬に触れる。
すべすべとした頬の感触を指で感じると、彼はその手を握ってもう一度私を抱きしめた。
――小エビちゃん、今度は絶対に手を放さないから――……。