第3章 2. 青空の涙
シェラがちらりと周りを見ると、その場にいた全員がシェラの行動に青ざめていた。
大きすぎるヒソヒソ話で〝勇者〟だの〝命知らず〟だの言っているし、揃いも揃って〝物凄い顔〟をしている。
確かにフロイドの顔面を引っ叩くようにして黙らせたのは、我ながら命知らずな行動だと思う。後でフロイドに絞められないといいが。
「フロイド先輩は私が1回も箒で空を飛んだことが無いと知って、そんな私に空を飛ぶ感覚とコツを教えてくれました」
シェラはバルガスにそう主張した。
シェラに口を押えられたままのフロイドは、なにか言いたげに目をぱちぱちさせている。
『バルガス先生のメニューをきちんとこなしている最中にフロイド先輩に拉致され、挙句上空で手を離すと脅されました。だから私は被害者です』と主張することも出来たが、シェラはそうは言わなかった。
「ほう。そうか。それでお前は何を学べた?」
バルガスの怒りはまだ収まっていない。
シェラは小さく息を吐くと〝健気で生真面目な生徒〟の表情を作った。
フロイドに出来なくて、シェラに出来ること。それは――。
「初めて箒に乗ったのですが、想像以上にバランスを取るのが難しくて体幹を鍛える必要があると思いました。運動は得意な方と自負しておりましたが、それは私のとんだ思い上がりでした。箒のスピードや不安定さに負けない為にも、バルガス先生が仰るように筋肉を鍛えることは必要不可欠だというのを再確認しました」
筋肉について褒めたら、バルガスも悪い気はしないだろうと考えたシェラは、感想を筋肉に結びつけて饒舌に語った。
普段は口下手なくせによくもまあこんなにぺらぺらと言葉が出てくるな、とシェラは自分自身に感心してしまう。
だが、嘘は何一つ言っていない。かなり脚色はしたが。
これで少しは怒りを鎮めてくれるといいが。
そう期待しながらシェラはバルガスを見上げる。
すると、険しかったバルガスの表情がみるみる明るくなっていった。
「そうか!リンジーは筋肉の必要性を再確認出来たか!!それは有意義な時間だったな!!リーチ!お前もよくやった!!」
「痛っ!いてーんだけど!」
フロイドはシェラに筋肉の必要性を学ばせた、と解釈したバルガスは賞賛の意味を込めてフロイドの肩をばんばんと強めに叩いた。