第3章 2. 青空の涙
「じゃあオレの匂い嗅いでくさかったら辞めていいよぉ」
「はい?」
何故そうなる、とシェラは困惑する。
嗅がれるのも良い気分では無いが、嗅ぐのもどうかと思う。
シェラの中の俯瞰の視点が、どういうプレイだと冷静に突っ込んでいる。
「ほら、はやくぅ」
まるで胸に飛び込んでくるのを待っているかの様に、両腕を広げて催促するフロイド。
シェラはフロイドに気づかれないようにこっそりと溜息をつくと、少し背伸びをして渋々フロイドの胸あたりに顔を寄せて匂いを嗅いだ。
「くさくない……です。むしろすごく良い匂いがします」
こんなにいい匂いがするとは思わなかった。
落ち着いたシトラスの中にマリンの爽やかさを感じる。
ずっと嗅いでいたくなるいい香りだった。
「でしょー!ジェイドがオレの好きそうな匂いの洗剤選んでくれてんだぁ!オレも気に入ってんだよねぇ!」
フロイドが嬉しそうに教えてくれた。どうやらこの良い香りはジェイドチョイスらしい。
そういえばアズールもコロンに拘りがあるらしく、良い匂いがすることを思い出した。
オクタヴィネルはおしゃれな人魚の集まりだ。
「じゃあオレ達お互い良い匂いだって分かったから、約束通り小エビちゃんはオレにぎゅっと掴まっててね」
「わかりました」
シェラは仕方なく受け入れることにした。
自力でバランスを取るのが難しいのは事実であるから、ここはフロイドの言うことを聞いておいた方が懸命そうだ。
再び箒に跨ると、シェラはフロイドに言われた通りに服の背中を掴む。
するとフロイドは、まだ何か言いたげな様子で振り返った。
「どうかしましたか?」
「小エビちゃんそれじゃ振り落とされるよぉ?」
「え、じゃあどうしたら……」
「こうに決まってんじゃーん!」
そう言ってシェラの両手を掴むと、フロイドの腹の方へ回した。
フロイドに後ろから抱きつくような体勢になったシェラは、顔を赤くした。
この体勢でしっかり掴まるとなると、身体を密着させないといけない。流石にそれは恥ずかしい。
「フロイド先輩、これはちょっと恥ずかしいです……」
「ちゃんとぎゅっとしててね?」
シェラの言葉を無視してフロイドは箒を浮かせた。
無意識にフロイドの身体に回した腕に力が入る。
巻き起こる風を受けてシトラスがふわりと香る。