第3章 2. 青空の涙
飛行場で〝あんなこと〟があったとは露知らず、シェラは平和にグラウンドを周回していた。
ひとりで走っている間はシェラにとって考え事をする時間だった。
今何周目か忘れない程度に、この世界に来る前のことを思い出そうと記憶にかかる靄を払い除ける。
この3ヶ月で思い出したことは2つ。
1つ目は、自分には祖父母と両親の他に年の離れた兄がいて、家では家族以外の大勢の大人に囲まれていたこと。
2つ目は、幼い頃から身体を鍛えることを強いられていたこと。
家族がどんな顔をしていたかは思い出せない。ただ、祖父に関しては眼力のある人だった気がする。
シェラに筋を通すよう教えたのも、身体を鍛えるように厳しく躾けたのも、祖父だった気がする。
しかしその割には腹以外にはあまり筋肉がついておらず、シェラはひょろひょろとしている。
祖父が何故そうしたのかは思い出せないが、柔道や剣道、空手や合気道などありとあらゆる武術や護身術を叩き込まれた。
シェラが身につけた武術をこの学校では体術といい、技術をしっかりと授業に生かすことが出来ていた。体育系の科目の単位は安泰だ。
思い出せたのはここまで。後の記憶は未だに薄靄の中だった。
規則正しい呼吸の中、シェラは空を見上げた。
ランニングで火照った身体に冬の冷たい空気が気持ちいい。
冬場に飛行術を行うには最高の気候といえる寒凪。天気が良く風も穏やかだ。
空を飛ぶのはどんな気分だろう。
箒なんて掃除道具くらいの認識だったが、クラスメイト達はそれに乗って空を飛んでいる。
あれは魔力で浮かせた箒に跨っているだけだろうか。
自転車に乗るのと同じ感覚だろうか。
自転車より座面が小さい分バランスを取るのが難しそうで、慣れていないとすぐにひっくり返って箒から落ちてしまいそうだ。
(私も空飛んでみたいなぁ……)
飛行術に憧れはあるが、魔力が無いシェラひとりではどうにもならない。
特別メニューを早く終わらせて、誰かの後ろに乗せてもらえないかバルガスに頼んでみよう。
そう考えると俄然やる気が湧いてきた。早く終わらせようとペースを上げたその時。
突如身体が浮きそうな程の強風が巻き起こる。
驚いたシェラが一瞬足を止めると、脇腹から腹にかけて物理的な強い衝撃が走る。
(いっ……!?)