第13章 9. 夜半の求愛 ※
視線が交わる。
普段のネジの緩んだフロイドは影を潜め、そこには真摯にシェラと向き合うフロイドがいた。
「番ってのは、好きな雌のことで、オレの稚魚を産んでくれる雌のことで、この先死ぬまでずっと一緒に生きていく雌のこと」
「つまり、陸の言葉でいうとパートナーということでしょうか」
ジェイドの言葉を借りて、シェラは訊く。
「あァ……そうだね」
フロイドはシェラの言葉を肯定すると、手をさし伸ばしてそっと指先でシェラの頬をなぞった。
「……ねぇ、小エビちゃんは、オレがなんの覚悟も無しに小エビちゃんに番になって欲しいって言ってると思ってる?」
フロイドからシェラへの問いかけ。
強い意志が宿るゴールドとオリーブの瞳に吸い込まれそうだった。
フロイドはシェラの答えを待たずに、胸に秘めた想いを紡ぐ。
「オレ達人魚にとって、番になって欲しいって雌に求愛すんのは、陸でいうプロポーズとおんなじ。その雌に一生を捧げるくらいの覚悟が無いと求愛はすんなって、稚魚の頃から教えられてきてる。……オレは、一生小エビちゃんのことを愛して守り抜きたいって思ってる」
自分がどれだけシェラを想っているのか、フロイドの飾りげのないまっすぐな言葉が、シェラの心に突き刺さる。
シェラは俯く。
フロイドの気持ちが嬉しくて、辿ることになるであろう運命が憎くて、胸が苦しかった。息をするのがやっとだった。
「あなたは、私がいつかこの世界からいなくなることを承知の上で、そう思ってくださってるのですか」
ようやく絞り出した声は、独り言のようだった。
本当はこんなことを訊きたくない。
「そうだよ」
シェラの問いかけに、もうとっくに覚悟は出来ていると言わんばかりにフロイドは即答した。
「きっと、待っているのは地獄ですよ。それでもいいんですか」
俯いたままシェラは続ける。黒真珠の瞳が揺れる。
このまま地獄への片道切符を掴んでもいいのか、フロイドに確かめる。
フロイドが引き返すのなら、今のうち。
シェラがフロイドの気持ちを受け入れてフロイドが幸せになれるのならば、迷いなくそうする。
しかし待ち受ける別離という運命にフロイドが少しでも足を竦ませるのならば、やはり自分の気持ちには蓋をするべきだと思ってしまう。