第13章 9. 夜半の求愛 ※
手早くシャワーを浴びたフロイドは身支度を整えた後、シェラに『今から行くね』と連絡を入れた。
寮服のシャツは脱いだものではなく、きちんとアイロン掛けをした洗濯済のものに着替えた。
マリンシトラスの香りを纏ったフロイドは、シェラの待つオンボロ寮へ向かう。
モストロ・ラウンジのカウンターで今日の売上を集計していたアズールが、出ていこうとしたフロイドへ声をかけた。
「フロイド、待ちなさい。こんな時間にどこに行くんだ」
険しい顔をしてアズールはフロイドを見る。
アズールがフロイドを止めるのは寮長として正しい判断である。
ナイトレイブンカレッジでは生徒の外出は夜の11時までだと決められている。
門限を破ったところを教師に見つかった場合、該当生徒だけでなく寮長も監督不行届で指導されるのだ。
教師からの評価を重視しているアズールはそれを避けたいのだろう。
「小エビちゃんとこぉ」
「オンボロ寮へ?こんな時間に押しかけるだなんて失礼ですよ」
フロイドが行き先を告げると、アズールの瞳が眼鏡の奥で訝しげに細められる。
フロイドが一方的にシェラの元を訪れると勘違いしているアズール。顔には〝行くな〟と書いてある。
「ちげーって。小エビちゃんに誘われたの。明日休みだからおしゃべりしよーって」
「シェラさんから?」
「そ。まぁ、鏡舎が閉まる前には帰ってくるかなぁ。たぶん」
「そうですか。……もし遅くなるようだったらそのままシェラさんのところへ泊まってきてください。外泊の許可を出します」
予めシェラと約束をしていたということを聞いたアズールは、一転して寮長権限で外泊を許可した。
ただ、この許可には、門限を超えるリスクの芽は初めから摘んでおこうという、アズールの打算も含まれている。
「どーかなぁ」
「は?」
フロイドとシェラが互いのことをどう思っているのか、アズールは知っている。
だからこそこのフロイドの飄々とした態度に、アズールは間の抜けた声を上げてしまった。
更に訝しんでいるアズールをよそに、フロイドは歩き出した。
「じゃーいってくっけど、あ、もしかしたらオレ、振られて帰ってくるかもしんねーから、そん時はタコ焼き用意して慰めてね?」
フロイドは振り返ると、にやりと口角を上げ、ハットを被り直してシェラの元へ向かった。