第13章 9. 夜半の求愛 ※
さああ、と冷たい水がフロイドの髪、顔、身体を濡らしてゆく。
故郷の海を思い出す冷たさ。頭を冷やすには丁度いい。浮ついた気持ちが徐々に凪いでゆく。
『あの時あなたが伝えてくれた気持ちのお返事を、させていただけませんか』
『今夜、ラウンジの営業後、寮であなたのことをお待ちしています』
出勤前にシェラが会いに来て、残していった言葉がフロイドの意識のすべてを支配している。
モストロ・ラウンジの営業こそ問題なくこなせたが、頭の中はシェラのことでいっぱいだった。
無意識にエビづくしの賄いを作るほど。
壁に手をつき項垂れる。
身体や髪から滴る水が排水溝に流れるさまを、フロイドは無言で見つめる。
(小エビちゃんの答えって、なんだろう)
小さく溜息をついた。
(この後、オレ振られんのかな)
お湯に変わったシャワーの中で、フロイドは考える。
左右で色彩の違う瞳が揺れる。
早く答えを聞きたいという期待と、知るのが怖いという不安がせめぎ合う。
シェラの返事が自分が期待しているものと違っても、否定はしない。否定は出来ない。
番になってもらうことの強要は出来ないから。
ただ、否定はしないが身を引くつもりもない。
「もし、ジェイドのことが好きだとか言われたらどーしよ。オレ、ジェイドのこと絞めちまうかも」
独り言をハハッと笑い飛ばしたフロイドだが、次の瞬間には真剣な眼差しに変わる。
たとえジェイドでも、シェラを譲るつもりはない。
海ではひとりの雌を巡って複数の雄が争うのはよくあること。
可能性がある内は、シェラのことを諦めつもりは微塵もなかった。
フロイドの気持ちはただひとつ、シェラのことが好きだということ。
他の雄がどれだけシェラのことを好きだと言おうと、1番好きだと強く思っているのは自分だという自信もある。
それだけ、シェラのことが好きだという気持ちは揺るがない。
「…………」
好きになってもらえるまで、何度でも言う。
シェラが好きだと。番になって欲しいと。
この恋を諦めたくない。
フロイドはニイッと口角を上げた。
シェラにも言われた。『なにを弱気になっているんです』と。
フロイドは呟いた。自分に言い聞かせるようにして。
「だいじょーぶ。小エビちゃんも、オレのことが好き」