第12章 8. 愛の狩人
シェラは目を伏せ、眠れないことを正直に伝える。
落ち着いて考え事をする時間が欲しかったのだ。
あのままベッドの中にいても、いたずらに時間が過ぎていくだけだったろうから。
「マドモアゼル、隣に座っても?」
ルークはシェラを敬称で呼ぶと、紳士的に隣に座る許可を求めた。
聞きなれない表現に一瞬呆気にとられたシェラであったが、すぐに我に返りルークの座るスペースを用意する。
「はい、どうぞ」
「メルシー」
「ルーク先輩も飲みますか?」
真偽は定かではないが、ルークはこのカモミールティーの匂いに誘われて来たらしい。
シェラは白く柔らかな湯気がのぼるカモミールティーを見ながら訊いた。
しかしルークは首を横に振る。
「ノン。お気遣いをありがとう。けれど、遠慮しておくよ」
「そうですか。わかりました」
カモミールティーの匂いに誘われて来たのではないのか、と思いながらシェラはカップに口をつける。
フロイドとは別の意味で掴みどころがなく、相変わらず何を考えているのかさっぱり分からない。
ルークを変人扱いする生徒が多いが、シェラもまたその中のひとりになりつつある。
「なにか悩んでいるようだね。マドモアゼル」
シェラがティーカップをソーサーに置こうとしたとき、唐突にルークはそう切り出した。
シェラはただ、眠れないとしか話していない。
心の内を見透かされたような気がして動揺したシェラは、思わずティーセットを鳴らしてしまう。
「そう、見えますか」
カップを置いたシェラはルークの切れ長な瞳をジッと見つめる。
ルークもまた、シェラの瞳をじっと見つめ返す。
瞳の奥の奥……心の内まで覗くような目つきに、シェラの唇が僅かに揺れた。
「ああ……!思い悩み憂いを帯びるその黒真珠の瞳……ボーテ!実に美しいね」
「…………」
シェラはなんとも言えない表情でルークを見る。
悩んでいるように見えるか、というシェラの問いに対して返ってきた答えは、ルークの世界観が全面に押し出されたものであって、反応に困った。
口下手なシェラからすると、よくこれだけ相手を賛辞する言葉がスラスラ出てくるなと思わずにはいられない。