第12章 8. 愛の狩人
怒られることを覚悟していたシェラであったが、ヴィルの怒りの矛先はシェラではなかった。
「アタシが怒ってるのはそうじゃない。まったく、女性に手を上げるなんてどういう神経してるわけ?それも顔に怪我させるなんてありえないわ」
(優しいな……)
怒りと呆れを半々に見せるヴィルは、お兄ちゃんかお姉ちゃんのようだった。
きっと、どちらで例えても『はっ倒すわよ』と言われるだろうが。
「顔を見せなさい」
「っ……、はい」
ヴィルはシェラの顎を軽く掴んで、くいっと顔を上げさせた。
(顔が美しすぎる……)
シェラの顔の怪我の状態を観察するヴィル。
シェラは動揺して挙動不審にならないようにするので精一杯だった。
学園一……いや、世界でもトップクラスの美貌を持つヴィルに顔をまじまじと見つめられると、とんでもなく緊張するし、眩しすぎてどこを見ていいのか分からない。
世界的に有名なヴィル・シェーンハイトに俗に言う〝顎クイ〟をされたとなると、一体どれだけのファンが羨望の悲鳴を上げるだろうか。
「手当ては済んでいるようね」
ヴィルはシェラの怪我の確認を終えると、顎から手を離した。
一緒に顔も離れて、シェラはこっそりと胸を撫で下ろした。
「はい、消毒も済んでますし、アズール先輩特製の傷薬も塗ってもらいました。帰る時に予備もいただいています」
そう言ってシェラはポケットから、薄紫色をした小ぶりの二枚貝を取り出して見せた。
貝殻を開けると内側に軟膏が塗られるようにして入っている。
「あら、極東の国の口紅みたいね。あの男が作った傷薬があるのなら2、3日もすればよくなりそうね」
極東の国の口紅、きっと貝紅のことだろう。
シェラも渡された時に同じことを思った。
ヴィルもアズールの作った薬には信頼を置いているようだ。
そういえば、ヴィルは過去にアズールに化粧水を作ってもらっている。
青緑色のドロドロとした化粧水の原材料は未だに不明であるが。
「まだ腫れてるから、ちゃんと冷やすのよ。それと、新ジャガ2号」
「えっ……あっ、ハイ!」
ヴィルはシェラから視線を外すとデュースに声をかけた。
まさか自分に話を振られると思っていなかったデュースは、突然のことに動揺しつつ姿勢を正した。