第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
「貴方も分かっているではありませんか。シェラさんの想い人は、フロイドであって僕ではない」
言葉にすると、憎悪と羨望がないまぜになった、嫉妬というどす黒いブロッドのような感情が胸に渦巻いた。
ジェイドが皮肉げに告げると、アズールは分かりやすく目を逸らした。
この反応は、シェラの気持ちを勘づいていたからだろう。
そして、ジェイドの気持ちを推し量ったアズールは何も言わなかった、否、言えなかった。
「陸の雌にとって……雄の嫉妬や横恋慕なんて、醜い以外のなにものでもないでしょう」
ジェイドは唇を歪めていびつな笑顔を見せる。
推察と、自戒。
シェラにとって、ジェイドのフロイドに対する嫉妬や、ふたりの間への横恋慕なんて、醜いに違いない。
あの時、〝求愛とは〟という問いかけに答えるのに乗じて、ジェイドはシェラに知られることなく求愛した。
本来であれば、たとえ求愛の仕方を質問されたとしても言葉で説明するのみで、実際に見せたりは絶対にしない。
ウツボにとって雌の前で大きく口を開けるということは、それだけ特別な意味を持っている。
しかしシェラはジェイドがそうした意味に気づいていない。
いや、気づいたかもしれないが、シェラは目の前にいるジェイドではなく、フロイドのことを考えていた。
分かってしまうのだ。好きだから。
好きだから、分かりたくなかった。
いつだってそうだ。
シェラはジェイドを通してフロイドを見ている。
それはきっと無自覚だろうから、咎めるつもりはない。
恋が、こんなに苦しいなんて思わなかった。
自分ではない他の雄のことを考えて苦しそうに俯くシェラでさえ、愛しいと思った。
フロイドへの嫉妬に狂いそうになりながらも、この気持ちだけは確かに純粋なものだった。
だから、思わず抱きしめてしまった。
腕に抱いたシェラは、小さくて、細くて、力を込めたら折れてしまいそうだと思った。
「シェラさんを巡って僕達が喧嘩をしたら、きっと誰も手がつけられなくなりますよ?アズールはそれでいいのですか?」
「いいわけないだろう。……ですが、そういう問題でもないだろう。ジェイド、お前はそれでいいんですか?」
いいとか、悪いとか、そういった〝yes〟〝no〟では答えることが出来ない。