第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
『好きです』
そう声に出して言いたかったけれど、きっと伝えたらシェラの笑顔を奪うことになる。
だから、言わなかった。
世の中には、知らない方が幸せなことがあるから。
アズールの問いかけに対して、ジェイドは眉を下げて微笑む。
「僕はただ、シェラさんには僕の淹れた紅茶を飲んで美味しいと笑いかけていただければ、それでいいんです」
ジェイドの本心と、ほんの少しの強がり。
シェラは紅茶は無糖派。
授業後はレモンティーを淹れると喜んでくれる。
ルイボスティーは濃いめに煮出した方が好き。
夜はカフェインレスの紅茶を好んで飲む。
ジェイドが淹れた紅茶を美味しいと言うシェラ。
茫洋とした黒真珠の瞳に暖かな光を宿し、ふわりと花が綻ぶように、柔らかく笑うひと。
その笑顔を、自分に向けてくれるだけで十分だ。
それだけで、シェラに恋して良かったと、思い続けることが出来る。
兄弟の番になったとしても、たまにはティータイムを共にしたい。
それ以上のことは求めないから、それくらいのわがままは許して欲しい。
(ああ、でも――……)
そう思ったが、少し気が変わった。
もうひとつ、わがままを言っていいだろうか。
(どうか、来世では僕と恋に落ち、一緒に幸せになっていただけませんか――)
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