第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
ジェイドはむっとするアズールを見て笑うと、ふいに表情を改める。
そして静かに言った。
「……フロイドはシェラさんに求愛をしたようです」
フロイドとシェラが笑い合う姿が脳裏に浮かんで、消えた。
アズールは一瞬驚きで目を剥いていたが、すぐに納得したようにいつもの澄まし顔に戻った。
アズールもフロイドの気持ちに気づいていたらしい。
「……そうですか。シェラさんから聞いたのですか?」
オクタヴィネルの3人は行動を共にすることは多くても、互いに過干渉はしない。
アズールは、フロイドが求愛したことには触れずに、その話の出処のみを訊ねた。
「いいえ。シェラさんの口からは直接そのようなことは聞いていません。ですが、番の意味を訊かれました」
陸の人間であるシェラにとって、番という表現は馴染みがなく、本来であれば出てこないはず。
そんなシェラが番の意味を訊いてきたということは、フロイドがシェラに番になって欲しいと告白した以外には考えられない。
事実、シェラはフロイドに番になって欲しいと言われたとこぼしていた。
番になって欲しいと告白することと、口を大きく開けて求愛の意を示すのはほぼ同義である。
「それで、お前はどうしたんです?」
「番の意味と、僕達人魚が求愛をするのはそれだけ貴女のことが好きで、一生を捧げる覚悟の上だと教えてさしあげました」
訊かれたことに対してジェイドは簡潔に答える。
「……それと、いずれこの世界からいなくなることを知った上で求愛をした覚悟をどうか無下にしないでほしい、と」
ジェイドの答えを聞いたアズールは、釈然としないらしく眉を顰めた。
「……らしくないな。何故そんなふたりのお膳立てをするようなことを。お前だってシェラさんのこと……」
「アズール」
静かな室内にジェイドの声が響く。
アズールが言いきらぬうちにジェイドは言葉を重ねた。
(何故、ですって?そんなの――……)
「シェラさんは、僕とフロイド、どちらを愛していると思いますか?」
「…………」
アズールは黙り込む。
恋というのは時に残酷。
沈黙が、アズールの答えだ。
ジェイドの瞳が一瞬仄暗く揺れ、そしてまた普段と変わらぬ穏やかな表情を見せた。