第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
◇ ◇ ◇
シェラを送り届けたジェイドは、そのまままっすぐオクタヴィネル寮に帰った。
この後もまだ総合文化祭に向けての仕事が残っている。
重い足取りでVIPルームへ向かい、ジェイドは扉をノックした後入室する。
VIPルームではアズールがひとりで書類を捌いていた。
ジェイドが入室すると、アズールは顔を上げ労いの言葉をかけた。
「ジェイド、ご苦労様です。シェラさんを送ってくださってありがとうございました」
「いえ」
アズールの言葉に形だけ反応を示し、ハットをとってローテーブルへ置いた。
ジェイドは軽い溜息をつくと、ソファに腰を下ろす。
(フロイドは、シェラさんに求愛をしたのですね……)
先程のシェラとの会話を思い出すと、胸が痛んだ。
いつかフロイドは動くだろうと思ってはいたが、実際に行動に移したことを聞くと、いよいよシェラは自分には手の届かない存在になってしまったことを実感した。
シェラが、フロイドの番になる。
わかってはいた。
覚悟もしていた。
覚悟はしていたが、それは、想像していた痛みよりも何倍も鋭く、そして深く胸に突き刺さった。
(改めて聞かされると、やはり堪えますね……)
荒れそうな心を鎮めようと、ゆっくり息を吸って、吐く。
そうしていると、ジェイドの様子に違和感を覚えたのか、アズールが作業の手を止めて声をかけてきた。
「……なにかあったのか?」
「いいえ?なにも」
アズールの問いにジェイドは何食わぬ顔で返事をする。
すると、アズールはわざとらしく肩を竦めると眉をそびやかした。
「……そうですか。なにか思い詰めたような表情をしていたように見えたのは、僕の気の所為だったようだ」
ジェイドのことを心配しているような口ぶりでアズールは言った。
そう言われたジェイドはアズールへ視線をやると、眼鏡の奥で心の内を探るように光るアクアマリンの瞳と目が合った。
(まったく……)
行動を共にすることが多いからか、こういったところはすぐに気づく。
嘲笑うようにジェイドは口角を吊り上げた。
「アズール、貴方は本当に良い性格をしていますね」
「お前のことだからどうせ褒めていないだろう、それは」
恩を仇で返すようなジェイドの嫌味に、アズールは腹立たしげに顔を顰めた。