第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
オリーブとゴールドの瞳が艶めかしく揺れた。
(え――……)
ジェイドはシェラをまっすぐ見つめたまま、んあ、と大きく口を開けた。
鋭い歯と赤い舌がぬらりと光った。
「意中の雌の前で大きく口を開けるのが、僕達ウツボの求愛行動です」
シェラはゆっくりと瞬きをする。
あの、フロイドが想いを伝えてくれた時のことが、シェラの脳裏に蘇った。
そうだ、フロイドもシェラを抱きしめる直前に今ジェイドが見せてくれたように、大きく口を開けていた。
今ジェイドが言っていた恋愛観をフロイドも持っているのなら、求愛行動を起こしたのも、好きだと言ったのも、番になって欲しいと言ったのも、シェラに一生を捧げるという覚悟の上ということになる。
あの終業式後の図書館で、シェラはフロイドに『いつかは元の世界に帰ることになる』と言い切った。
それでも、それを承知の上でシェラに求愛をしてきたのか。
そう考えると、フロイドへの愛おしさと切なさで胸が引き裂かれそうになった。
苦しげに表情を歪め、痛々しく俯くシェラ。
そのさまを見たジェイドは、シェラの気付かぬところで悲しげに微笑んだ。
シェラは、ジェイドを通してフロイドを見ていた。
「シェラさん……」
ジェイドに呼ばれ、シェラは顔を上げる。
「そんな顔をしないで」
「!?」
それは、ほんの一瞬。
ジェイドがシェラの細身で小さな身体をぎゅっと抱きしめた。
身体を離しながらシェラの黒真珠の瞳を愛おしげに見つめ、ジェイドの唇は音のない声であるひとつの言葉を紡いだ。
「え……」
思わずシェラは息を呑んだ。
ジェイドは何を言ったのか教えることなく、またシェラの次の言葉を待つことなく、踵を返した。
「貴女はいつか元の世界に帰ることになるでしょう。それを知った上で求愛をした覚悟を、どうか無下にしないでくださいね」
一瞬振り返ったジェイドの横顔は、笑っていた。
笑っていたのに、シェラには泣いているように見えた。
「ジェイド先輩……っ」
思わず縋るようにジェイドの名を呼んだ。
しかしジェイドは振り返らない。
立ち去る背中が寂しそうに見えた理由が分からぬまま、シェラはジェイドを見送るしかなかった。