第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
「だから、フロイド先輩は焦って私なんかに番になって欲しいと、……!」
しまった、と思いシェラは慌てて口を噤む。
心の奥底で考えたことが、つい口をついて出てしまった。
これではフロイドに告白されましたと言っているようなものだ。
しかしジェイドはそれについては何も言ってこなかった。
「いいえ。それは勘違いもいいところです。シェラさんにそんな風に思われているだなんて、フロイドとしても甚だ心外でしょう」
ジェイドはシェラの言葉をきっぱりと否定する。
否定しただけでなく、僅かに腹を立てているようにも感じた。
「番になって欲しいだなんて、並の覚悟で口に出来るものはありませんよ」
「覚悟……?」
「僕達人魚が暮らす海は、陸よりも遥かに危険が多い。番の雌とその間に生まれた稚魚を一生守る覚悟が無いと、僕達雄は求愛をしてはいけないと、幼い頃から教えられました」
番が陸で云うパートナーというのならば、それはプロポーズと同じだ。
ならばそれ相応の覚悟が必要なのも頷ける。
シェラは無言のままジェイドの次の言葉を待つ。
「つまり番になって欲しいと言うことや求愛するということは、僕達は貴女に一生を捧げる覚悟があるということです」
ジェイドは歩みを止め、シェラを見つめる。
なにかと思いシェラも立ち止まると、いつの間にかオンボロ寮に到着していた。
シェラはジェイドを見上げる。
真剣な面持ちのジェイドの顔は端正そのもので、とても美しかった。
寮の入口まで送ってくれたジェイド。
シェラに一瞥をくれて踵を返したジェイドの袖をつまんで引き止める。
もう寮についてしまったが、シェラにはもうひとつ訊きたいことがあった。
「……あの、すみません、求愛ってなんですか?」
振り向いたジェイドに、シェラは求愛とはなにかと問う。
「シェラさんは僕達ウツボがどうやって求愛をするのか、ご存知ないのですね」
すっ、と目を細めたジェイドが、シェラに一歩寄る。
反射的にシェラは後退ってしまった。
シェラの背中のすぐ後ろには扉。
ジェイドはシェラの顔の横に手をつくと、上からシェラの顔をじっと見つめる。
もう片方の手は、シェラの頬をするりと撫でた。
「こうやって――……」