第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
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アズールに早退するよう言われたシェラは、その後すぐに着替えを済ませてジェイド同伴のもと帰路についた。
VIPルームを出ると、ルカが廊下で待機していた。
手首にはアズール特製と思われる湿布薬が貼ってあった。
話を聞くと、突き飛ばされて倒れた拍子に手首を捻挫したらしいが、大事には至らなかったという。
この学園では珍しく気弱なルカは、シェラの腫れた頬を見ると泣きそうな顔で『僕が弱いせいで……』と、何度も頭を下げてきた。
シェラはそんなルカを励ますと、護身術を教えると約束した。
オクタヴィネル寮の鏡を通り抜けると、鏡舎に辿り着いた。
鏡舎の外に出ると、冷たい冬の風が容赦なくシェラの身体に吹きつけてきた。
思わず身震いすると、上からジェイドが声をかけてきた。
「寒いですか?」
「冬は寒いです……」
ジェイドもフロイドと同じで人魚であるから寒さに強いらしく、この程度の寒さなら平気そうにしている。
悴む手をさすりながら、シェラは呟いた。
「そうですね、シェラさんが身体を冷やさないうちに早く帰りましょう」
「はい」
ジェイドに肩を押されて、ふたりは寒空の元オンボロ寮へ向かう。
さくさくと雪を踏む音。
白い吐息は2月の夜空へ溶けてゆく。
「契約違反者のおふたり、いませんでしたね」
軽く周囲を見渡しながらシェラは言った。
鏡舎の外で待っていろと言われていた契約違反者の姿がどこにも見えない。
彼らの元に向かったフロイドもいない。
「今頃どこかでフロイドと楽しく話し合いをしている頃でしょう」
ジェイドがくすくすと笑いながら〝楽しく〟なんて言うものだから、シェラは思わず眉を寄せる。
「楽しく話し合いをして死人が出てないといいのですが」
尋常じゃない殺気を纏ったフロイドを思い出すと、背筋が寒くなる。
「シェラさんはお優しいのですね。貴女に怪我をさせた彼らに情けをかけようとしているとは」
「いえ、彼らは情状酌量の余地がなかったのでそれなりにお灸を据えた方がいいと思うんですが、……やりすぎて大問題を起こしてフロイド先輩が停学になったりしたら嫌なので……」
フロイドは口ではなくて手が出るタイプだ。
禁止されているのが魔法での私闘であっても、あまり大事になるのはよろしくない。