第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
「はいはーい」
アズールの忠告をちゃんと聞いているのか心配になるほど軽い返事をすると、フロイドはハットを被り直してVIPルームを後にした。
フロイドの背中から感じたのは〝やる気〟ではなく〝殺る気〟の方だった気がしたのは、シェラだけだろうか。
「……ところで、反撃とはどういうことですか?」
フロイドを送り出したアズールは、思い出したようにシェラに訊いた。
「えっと、それは……」
先程の話はもう終わったと思っていたシェラは返答を詰まらせる。
目を泳がせながらどう説明しようか必死に思考を巡らす。
「アズール、怒ったシェラさんは大変美しく、また恐ろしくもありました。本当に見事な背負い投げで……僕達が向かうまでもありませんでした」
口ごもるシェラよりも先に、ジェイドが恍惚とした表情でアズールに報告した。
シェラはぎょっとしてジェイドを見上げる。
「は?シェラさんが鎮圧したんですか!?」
シェラに負けないくらい唖然とした様子でアズールが声を上げた。
「最終的に黙らせたのはジェイド先輩とフロイド先輩です」
このままではアズールに追加で叱られると思ったシェラは、ふてぶてしく言う。
嘘は言っていない。実際、契約違反者達を退店させたのはジェイドとフロイドだ。
「いいえ、僕達が駆けつけた頃にはもう彼らを捻り上げていました」
楽しそうに状況を語るジェイドに、アズールは大きな溜息をついた。
「はぁ……やれやれ、シェラさん、あなた今日はもう帰って休んでいてください」
「え、なぜですか」
急に早退を命じられてシェラの表情が固まる。
「なぜもなにも、あなた怪我しているでしょう。怪我人を働かせるほど、うちはブラックではありません」
まだ働けます、と顔に書いてあるシェラへ、アズールは呆れたように首を横に振る。
「今日はもう休んで、また来週からお待ちしています」
不服そうにするシェラへ、アズールは穏やかな笑顔を見せると励ますように言った。
「……わかりました」
怪我を心配して休ませてくれようとしていると、ようやく気づいたシェラは反論せずに大人しく頷いた。
「ジェイド、シェラさんをオンボロ寮まで送ってさしあげてください」
「かしこまりました」