第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
アズールやリドルの為ではない。
シェラは自分の気持ちに従ったまでである。
ただ、結果としてあの場面でわざと殴られたから、ここまで騒ぎが大きくなったのもまた事実。
それについては責任を感じているし、きっとたくさんの人に心配をかけた。
「……でも、ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
シェラは申し訳無さげに、静かに謝罪した。
戒めといわんばかりに、口元の傷がずきずき痛んだ。
「……わかりました」
ことの経緯を静かに聞いていたアズールは短く言った。
そしてアズールは背の高いオフィスチェアに座ったまま、くるりと後ろを向くと、呟くように続けた。
「シェラさん、ありがとうございます」
叱られるとは思ったが、まさかお礼を言われるとは思っていなかったシェラは咄嗟のことに言葉が上手く出てこなかった。
え、と思いシェラはアズールの方を見る。
シェラから見えるのはアズールの後ろ姿のみで、今どんな顔をしているのかは分からない。
ただ、わざわざ後ろを向いて言ったということは、多少なりとも情けない顔をしていることはなんとなく想像が出来る。
シェラの隣に座るジェイドは面白そうに笑っている。
「とんでもありません。私は……」
「自分の信念に従ったまで、でしょう?」
シェラが言おうとしたことを、先にジェイドに言われてしまう。
「……はい」
本来なら自分の台詞だったところをシェイドに取られてしまい、シェラは憮然とした態度でそれを肯定する。
「だけどやっぱ小エビちゃんに怪我させたのは許せねーわ。あいつらの後処理オレがやってもいい?きつめに絞めてやらねーと気が済まねーし」
今まで黙って話を聞いていたフロイドが突然立ち上がった。
シェラの話には納得したが、シェラが殴られたことについてはまだ腹を立てているらしい。
声の苛立ちがまだ消えていない。
「いいでしょう。お任せします。ただし死人は出さないように」
くるりとこちらを向きながらアズールは言った。
ここは契約違反者の後処理を買ってでたフロイドをやる気を潰さないのが得策と判断したようで、アズールはしたのは忠告のみ。
(物騒すぎ……)
ただ、その忠告が〝死人は出さないように〟というのもどうかと思う。
本当に慈悲の概念が行方不明だ。