• テキストサイズ

泡沫は海に還す【twst】

第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編


「手の出し方から分かる通り、彼は喧嘩に関してはド素人でした。ですから一発殴られたところで歯が折れるなどの大怪我はしないと判断しました」
怒りに任せて拳を振るっているだけであるから、勢いはあるが一撃が軽い。
食らって痛いのは当たり前だが、十分耐えられるレベルだった。

「たとえ契約違反者であれこちらから手を出しては、それを見ていた他のお客様から不名誉なレッテルが貼られてしまいます。私の怪我はすぐ治りますが、そのレッテルを返上するのは大変でしょう」

つまりシェラがわざと殴られたのは、モストロ・ラウンジの評判を守りつつ場を収める為だった。

アルバイトという立場であるにも関わらず、シェラは身を呈してモストロ・ラウンジを守ろうとしてくれたと知ったアズールの表情から険しさが消えてゆく。

しかし神妙な面持ちになるアズールとは対照的に、シェラの表情は暗いまま。

「……と、ここまで色々言いましたが、まだ続きがあります」
「続き、とは?」

淡々とした抑揚のないシェラの口調に、静かな怒気がこもる。

「……彼らはアズール先輩やリドル寮長のようなコツコツ努力する人間を馬鹿にしていて、私にはそれがどうしても許せませんでした。ですから……わざと殴られた1番の本当の理由は、反撃に出る口実と状況を作りたかったからです」

シェラが本当の理由を伝えると、アズールとジェイドとフロイドの3人は顔を見合せた。
さすがの彼らもここまでは想像していなかったらしい。

「そんなこと……」
眼鏡の奥でアズールの美しいアクアマリンの瞳が揺れる。
アズールは自分の利にならない他人の評価を気にする人間ではない。
そんなことはわかってはいたが、それでも、どうしても努力する人を侮辱するような発言は許せなかった。
なぜなら、アズールが貪欲に知識を求めた理由をシェラは知っていたから。リドルの成績の背景を知っていたから。
シェラはふたりの意志の強さや忍耐を尊敬していたから。

「アズール先輩が気に病む必要はありません。彼らの言動が、私の癪に障っただけですから。地道な努力を積み重ねることは意思が強くなければ出来ません。そしてそれを成し遂げて成績を残しているアズール先輩やリドル寮長を私は尊敬しています。誰だって尊敬している人を侮辱されたら腹が立つでしょう」
/ 336ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp