第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
モストロ・ラウンジのホールを後にすると、シェラはVIPルームに連れてこられた。
「痛っ……!ジェイド先輩、もう少し優しくお願いします……」
「十分優しくしています。もう少しで終わりますから、我慢しましょうね」
まるで小さい子を相手しているかのようにジェイドは言いながら、シェラの顔の傷に消毒液を染み込ませた綿球をちょんちょんと押し付ける。
顔のように皮膚の薄い場所の傷に治癒魔法を使うのは良くないらしく、シェラは今、怪我の応急処置を受けている。
高校生になっても生傷に消毒液は結構染みるし普通に痛い。
「なぜシェラさんが怪我をするような事態になったのです」
モストロ・ラウンジ内で起きたトラブルは、全て支配人であるアズールも把握する必要がある。
契約違反者が押しかけて騒いでいる、シェラが殴られた、ということしか知らないアズールは、何故そうなったのか説明をシェラに求めた。
「…………」
シェラは口を噤む。
あれにはシェラなりの理由があったのだが、なまじ無茶をするなと念を押されていただけに、きっとどう説明しても怒られる。
「……労災申請はしないのでご安心ください」
「今はそんなことどうでも良いですっ!あなたは馬鹿ですか」
シェラがあからさまに論点をずらそうとすると、間髪入れずにアズールからお叱りが飛んできた。
ムッとしたシェラはふたたび押し黙る。
そんなシェラのふてぶてしい態度が可笑しかったのか、ジェイドはクスクス笑っている。
シェラの顔の傷の丁寧に消毒したジェイドは、仕上げにアズール特製の軟膏タイプの傷薬を塗った。
傷の応急手当を終えたジェイドは、少し腫れているシェラの頬に氷をあてた。
シェラは小さく『ありがとうございます』と言うと、自分で冷やそうと氷に手を伸ばす。
が、ジェイドは手を離さず、氷越しにシェラの頬を撫でるように触れた。
「シェラさん、貴女わざと殴られたでしょう?」
ジェイドの言葉に、シェラは片眉を上げる。
さすがオクタヴィネルの優秀な副寮長。鋭い。
「……どうしてそう思うのですか」
給仕の寮生が気を利かせて用意してくれたオレンジジュースをストローで飲みながら、シェラはそう思った理由を訊く。