第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
シェラは情けない違反者の顎をギリギリと掴むジェイドに声をかけた。
「そうですか。シェラさんがそう仰るのなら」
「は?小エビちゃん殴られたのに許すわけ?」
シェラに止められたジェイドは手を離し、立ち上がった。
フロイドは納得していないようで、ぶつくさ文句を言っている。
シェラはしゃがむフロイドの耳に唇を寄せると、こそっと思っていることを伝える。
「許す許さないではなく、おふたりがあまりにも怖いので他のお客様と、ついでに他のスタッフが震え上がっています。とりあえず一旦は勘弁してあげてくれませんか?」
「チッ。わかったよ」
不服ながらもシェラの言い分を呑んだフロイドは、舌打ちをしながら立ち上がる。
いつまでもこの状況が続くのは好ましくないが、それでもジェイドとフロイドが自分の為にここまで怒ってくれたことは、少し嬉しかった。
「ありがとうございます」
シェラはジェイドとフロイドの後ろで、ふたりのジャケットの袖口を軽くつまんで引くと、俯きながら呟くようにお礼を言った。
それに気づいた双子はシェラの上で淡く笑う。
僅かに絶対零度の空気が和らいだことに、違反者ふたりは安心しきったような表情を浮かべている。
ジェイドとフロイドはそれを見逃さなかった。
「シェラさんの慈悲深い心に免じて、今この場は収めてさしあげますが、まだ〝話し合い〟は終わっていませんので鏡舎の外で待っていてください。万が一にも逃げようものなら……お分かりですね?」
「大人しく待ってろよ?」
許されたと勘違いする調子のいい違反者達へ、双子は揃って鋭い歯をちらつかせながら釘を刺した。
すると、彼らは逃げるようにしてモストロ・ラウンジから去っていった。
この勢いからすると、ジェイドの言いつけ通りちゃんと鏡舎の外で待っているかは怪しそうだ。
「お客様、大変お見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした。どうぞごゆっくりお過ごしください」
さっと上品な笑顔を作りながら、ジェイドは他の来店客に頭を下げた。
シェラもジェイドに倣って頭を下げる。
ここまで騒ぎを大きくしてしまったのは自分だ。
ちなみにシェラは後日知ることになる。
この日、面白いものを見せてもらったと、シェラにチップを用意した客が続出したということを。