第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
ジェイドの顔から笑みが消えた。
途端にその場が凍りつく。
「シェラさんがお顔に怪我をされているようですが、これはどちらが?」
表情が抜け落ちた冷たい真顔の問い。
(あ……、すっごい怒ってる……)
ジェイドがこんなに怒っているところは初めて見た気がする。
フロイドも怒ると怖いが、本気で怒るとジェイドの方が怖いのでは、とシェラは思った。
普段滅多に怒らない人ほど、怒ると怖いとよくいう。
ちなみにシェラはジェイドにそう思ったが、実はシェラも周りにそう思われているのはまた別の話。
「…………」
被害者であるシェラでさえ息苦しくなってくるような圧力に、違反者ふたりは揃って肩を震わせて黙り込む。
「いたいけな女性に危害を加えるだなんて、感心しませんね」
ジェイドがシェラのことを〝いたいけ〟と表現すると、モストロ・ラウンジのボール内がざわついた。
『自分よりもひと回り大きい男子を投げ飛ばすような女子は、いたいけとは言わないだろ……』なんて雑音にシェラは渋面するが、聞かなかったことにしておいた。
ジェイドは未だに床に転がったままの違反者のそばに片膝をつく。
「どうしたんですか?早く答えてください。その口は飾りではないでしょう」
その様はとても丁寧であったが、次の瞬間ジェイドは彼の顎を思い切り掴み、光の無い瞳で早く白状するよう催促した。
フロイドもジェイドと同じように、違反者のそばに股を開いてしゃがみこむ。
「めんどくせぇな、さっさと言えよ」
これがふたりの〝話し合い〟だ。以前目にしたのは遠目であったが、間近で見ると怖いなんて表現は生ぬるい。
本当に取り立て屋かなにかにしか見えない。
それでもシェラに投げ飛ばされた違反者は口を割らない。
いや、口を割らないというよりも、自分が殴りましたと言ったらどんな目に遭うか分からないから怖くて言えないといった方が正しいか。
シェラを恫喝してきたあの勢いはすっかり消え失せ、ただ情けなく魚のように口をパクパクさせるだけ。
「あ、あの……私は大丈夫ですから、もうそのあたりで……」
このままでは話が平行線を辿るだけだし、なにより他の来店客が怯えてしまっている。
シェラ自身ここまでジェイドとフロイドが怒るとは思っておらず、少し責任を感じ始めていた。