第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
ここまでほんの数秒。
シェラが決めた技を、故郷では一本背負投という。
自分よりも身体が大きい相手に有効な技で、シェラが1番得意としている投げ技だった。
お世辞でも強そうには見えない小柄で細身のシェラが、あまりに豪快で鮮やかな背負い投げを披露したから、他の来店客からは歓声が上がり、拍手まで起こった。
(だから、見世物じゃないんだけどな……)
そんなことを思いながら、床に落ちたハットを拾い上げて被り直した。
投げ飛ばされて呻き声を上げる違反者の腕を捻り上げ、ひどく冷めた瞳で見下ろす。
「少しは頭が冷えましたか」
未だに自分が投げ飛ばされたことが理解出来ずにいる違反者は、目を白黒させていた。
シェラは投げ飛ばした違反者の腕を捻り上げる力を緩めることなく振り返り、もうひとりの獣人属の違反者を睨みつける。
「あなたも同じ目に遭いたくなければ、今すぐこの人を連れてお引き取りください」
「……っ!」
ここまでシェラに煽られてなお、獣人属の方の契約違反者はシェラに直接危害を加えようとはしない。
(夕焼けの草原出身者かな)
サバナクロー寮のレオナ・キングスカラーやラギー・ブッチの出身国である夕焼けの草原は、女性を尊重する文化があるという。
どれだけ怒りに任せていても女子であるシェラに手をあげようとしないのは、その文化がもう潜在意識に刷り込まれているからだろう。
口では『あなたも同じ目に遭いたくなければ』なんて言ったが、シェラとしては正当防衛以外で、力で相手をねじ伏せるつもりはない。
(さて、どうするかな……)
黙らせることには成功したが、実はこの後のことを何も考えていなかった。
今しがた自分が絞め上げたこの違反者の後処理をどうしようかと考えていると、尖った足音がふたつ聞こえてきた。
「シェラさん、惚れぼれするほど見事な投げ技でしたね」
「あははっ!小エビちゃん超つえー!」
(やっと来た……)
足音の方へ目を向けると、背の高い怪物ふたりが物騒な笑顔を浮かべながらこちらへやって来た。
その後ろにはルカが泣きそうな顔で控えている。
(あんまり出しゃばらない方が良かったかな……)
急にジェイドに無茶をするなと言われたことを思い出し、シェラは気まずくなってきた。