第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
シェラの言葉に再び逆上した違反者のひとりが、思い切り肩口をどついてきた。
しかしシェラは微動だにしない。
モストロ・ラウンジのホールがどよめいた。
来店客と一緒に他の給仕の寮生、果ては厨房担当の寮生まで野次馬になっている。
(見世物じゃないんだけどな)
来店客はともかく、他の寮生はただ見てるのではなく出来れば仲裁に入ってきてほしい。
なるべく穏便にことを済ますつもりではいるが、シェラはオクタヴィネル生ほど口が上手くない。
「!?」
自分達よりもひと回り小さいシェラがびくともしなかったことに、違反者らは一瞬怯んだような表情を見せる。
シェラは未だに床にへたりこんだままのルカに、今度は唇の動きでジェイドとフロイドを呼んでくるよう合図をする。
するとルカはようやくシェラの意図を汲み取ったのか、VIPルームへ一目散に走っていった。
「あなた方は契約違反者だとお伺いしています。ご自身で納得されて契約書にサインしたのにも関わらず、何をそんなに怒っているのですか」
ジェイドとフロイドが来るまでの時間稼ぎ代わりに、シェラは彼らがなぜこんなに怒っているのか理由を問う。
万が一、もしかしたら、本当に不当な契約を交わしている可能性もあるかもしれない。
「アズールのヤツと契約して、テスト対策ノートを作ってもらったのに、結局ローズハートに首をはねられたじゃねえか!!」
「そうだ!アズールのヤツ、これを使って勉強をすれば90点は確実だって言ってたのに、インチキだ!!」
「は?」
なんだか秋学期の期末テストの時に聞いたことあるような事案だ。
呆れたシェラの口からつい間の抜けた声が出てしまう。
そう言って違反者達はご丁寧に契約書をシェラに見せてきた。
(けっこうふっかけた額……守銭奴は相変わらずだな)
突然目の前に突き出された契約書を読んでみると、対価のマドルと引き換えに中間テストの対策ノートを作成する、といった内容が書かれ、一番下に彼らのサインが書かれている。
「だいたい、高校生にこんな金すぐ用意出来るわけねぇだろ!!」
契約書にはきちんと金額が明記されている。
契約を交わす前に対価として提示されている金額が分かっていたはずだ。
用意出来るわけがないと言っている割には、契約を結んだのは彼らだ。