第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
「自分よりも大きな男子達を軽々と投げ飛ばしたり、シェラちゃんって力持ちなんだね。僕は他の人と比べて非力だから、羨ましいな」
ルカがしんみりとした笑顔で言うと、シェラは首を横に振った。
「ああ……、あれは力で投げてるわけじゃないよ。単なる力勝負だったらきっとルカにも勝てないと思う」
と、シェラは何食わぬ顔で言うが、秋に行われた体力テストで測った握力は、力を増幅させる指輪無しで40オーバーだった。
女子の握力40オーバーは我ながらゴリラかなにかかと思ったし、実際エースに握力ゴリラだと揶揄われた。ちなみにデュースは唖然としていた。
「そうなの?じゃあどうやって投げてるの?」
どうもルカは投げ技に興味があるらしい。
体術の実技は相手を地面に伏せさせた方が勝ちであるから、投げ技にこだわらなくてもいい。
極論、相手の死角に潜り込んで足をかけて転ばせれば、それで勝ちなのだ。
それでも、自分が得意としていることに興味を持ってもらえるのは嬉しい。
満更でもないシェラは、教えてあげようかな、とちょっとした先生のような気分になった。
「技。ルカも覚えればきっと出来るよ。気になるなら、次の授業で教えてあげ……」
シェラが言い終わらぬうちに、来店を知らせるベルが鳴った。
シェラとルカはさっと姿勢を整える。
来客は2人組。見たことのない顔だから、きっと他学年だ。シェラはルカと共に粛々と頭を下げた。
「いらっしゃいま……」
「おい、てめぇ1年か?今すぐアズールのヤツを呼んでこい!」
シェラは面食らって顔を上げる。
見ると、そこには額に青筋を浮かべて激高している生徒がふたり。
お茶を飲んだりスイーツを食べたりしながら談笑していた他の来店客達が、何事かとざわめき出す。
ふたりのうちひとりは物凄い剣幕で、今にもVIPルームに突撃していきそうな雰囲気だった。もうひとりの獣人属の生徒も、見るからに怒っているが、幾分か冷静さも保っているようだった。
(アズール先輩恨まれてるなあ……)
脳裏に厭な笑顔を口元にたたえたアズールの姿が浮かぶ。
シェラは表情を変えずにそんなことを考えていると、隣のルカがこそっと小声で、この怒り心頭の来店客が誰であるのかを教えてくれた。
「契約違反者だ……」