第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
「ラウンジに契約違反者が2名押しかけてきて、寮長を呼んでこいと騒いでいます」
しかしルカからの報告は、オクタヴィネルにとってはよくあること。ノックを忘れる程慌てるようなことではない。
「アポ無しで押しかけてくるだなんて無礼な方ですね。日を改めてこちらから伺うと伝えた上で、今日はお引き取りいただいてください」
アズールは小さく溜息をつく。
これくらいのことは各々対処してくれないと困るが、そんな愚痴は自らの心の中に留めて、慈悲の精神に基づく寮の長として冷静に指示を出した。
だが、ルカはまだ何か言いたげに口をパクパクさせている。
ルカの様子が普段と違うことがどうも引っかかるジェイド。
いくらルカが他の寮生と比べて気弱でも、契約違反者が押しかけてきたくらいではここまで慌てない。
ジェイドはルカの姿をまじまじと観察し、そして気づく。
胸の前で握られた彼の右の手首が少し青くなっていた。
「ルカさん、貴方怪我をされているではありませんか」
ジェイドがルカの怪我について訊ねた。
するとルカは両手をさっと背に隠して気まずく目を逸らしたのち、ジェイドに視線を戻して申し訳なさげに報告を続けた。
「いえ、突き飛ばされて転んだ拍子に少し痛めただけで……僕は大丈夫です。それより……すぐそばにいたシェラちゃんが、僕が手荒な真似をされたことに怒ってしまって……、今シェラちゃんが契約違反者の対応にあたっています……」
そこまで報告をすると、ルカは息を呑む。
シェラの名前を出した瞬間、明らかに空気が変わった。
背筋に冷たいものを感じた。
ルカを突き飛ばすような輩であるから、シェラも同じ目に遭う可能性は十分ある。
ジェイドもフロイドもそれを思ったのか、ふたりの左右の色彩が違う瞳が仄暗く揺らめいた。
「シェラさんなら大丈夫な気もしますが……、ジェイド、フロイド、念の為様子を――」
「ジェイドさんフロイドさん今すぐ来てください!!」
ジェイドとフロイドに指示を出そうとしたアズールの声に、別の寮生の切羽詰まった声が重ねられた。
「おやおや、今日は賑やかですね」
「今度はなんです」
眉を下げて笑顔を浮かべているジェイドとは対照的に、アズールは今しがた駆け込んできた寮生を冷ややかに見て訊く。
「シェラちゃんが例の契約違反者に殴られました……!!」