第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
「なぁんでオレドリンクの移動販売担当なのぉー?重いしめんどくせーし嫌なんだけど」
作業し易いようにジャケットを脱いだフロイドは、手配した移動販売用のドリンクサーバーの調整をしながらぼやいた。
「サーバーを背負って動き回れる人材は限られていますからね。フロイド、諦めて頑張ってください」
ジェイドはソファに座って書類を捌きながら、フロイドを宥める。
オクタヴィネル寮は文化部所属の寮生が多く、知力は優れているが力仕事を苦手とする者が多い。
その点フロイドは体力がある上に力も強い。要は適任だと、半ば他人事のようにジェイドはフロイドを励ました。
力が強いという点ではジェイドも同じだが、今回は〝文化部〟ということで免除になっている。
「営業実績が1番だったら特別ボーナスを支給しますから頑張ってください」
「オレそんなんキョーミねーし。あーあ、つまんね」
げんなりしたようにフロイドは言う。
ドリンクサーバーの調整を終えると、どっかりとフロイドはソファに腰を下ろし天井を見上げた。
『楽しいことないかなー』とフロイドが呟くと、それを見計らったようなタイミングで、ドタバタと騒がしい足音がひとつこちらへ近づいていた。
「なに?うるせーんだけど」
足音に気づいたフロイドは、不機嫌ゲージが上昇しつつあるのか、忌々しげに眉を寄せる。
騒がしい足音が最大まで響くと、ノックもそこそこに勢いよくVIPルームの扉が開けられた。
「寮長!失礼いたします!!」
VIPルームへ駆け込んできた寮生は扉を開けた勢いでアズールを呼んだ。
彼の物凄い慌てように、アズールは眉を顰める。
「おやおや、ノックもお忘れになるほど慌てて。どうかされましたか?」
肩で息する彼にジェイドは落ち着くよう言う。
「ディスクの小魚ちゃんじゃん。どーしたの?」
やって来たのがルカだと分かると、フロイドの不機嫌ゲージがニュートラルに戻った。
ルカは胸の前で手を握り、気が気でない表情をしている。
お人好しそうな柔和な顔が、不安に押しつぶされそうになっている。
オクタヴィネルの寮生は、ジェイドとフロイドと同じように契約違反者との〝話し合い〟もこなしている。
それはルカも同じで、ある程度は肝が据わっているはず。
なにをそんなに慌てているんだと、アズールはきな臭いものを感じた。
「それで、何があったんです?」