第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
婉曲無しのアズールの本性を表したような言い方に、シェラは内心少し呆れる。
しかしまあ、ひとまずは解雇されなくてよかったと、シェラは無い胸を撫で下ろす。
シェラは安堵の表情を見せると、ぺこりとアズールに頭を下げた。
「では、今後も引き続きどうぞよろしくお願いいたします」
隣のフロイドはもっと安心した表情でにこにこしていた。
シェラが顔を上げたのと同時に、抱きつき頬をすり寄せてきた。
「よかったぁー!これからも一緒に頑張ろうねえ」
「はい」
魚であるにも関わらず、じゃれ方が犬みたいだった。背が高いから大型犬か。
(つるすべな肌だなあ……)
フロイドに頬ずりをされるがままのシェラは、無表情のままそんなことを思った。
フロイドの頬は相変わらずつるすべでもちもちな感触だった。
シェラはすっと目を細める。
フロイドに想いを伝えられてから、もうすぐ1ヶ月が経とうとしていた。
シェラはまだ、フロイドの気持ちに返事が出来ずにいた。
しかしフロイドはそんなシェラに返事を催促するようなことはせず普段通りに、いや、3割増しくらいでスキンシップ激しめに接している。
シェラの心の中にある、フロイドのことが好きだという気持ちは変わらない。
だが、まだフロイドに別れの痛みを突きつける悪党になる覚悟が出来ない。
いつからこんなに臆病になってしまったのだろう。
いつまでもフロイドを待たせていることが1番酷いことをしているということに、シェラはまだ気づけていなかった。
◇ ◇ ◇
全国魔法士養成学校総合文化祭を1週間後に控えたこの日は、比較的客足が落ち着いていた。
生徒達はそれぞれ所属する寮や部活の展示、割り振られた役割の準備で忙しいらしいが、アズールにとってそれは想定内。
モストロ・ラウンジの通常営業が落ち着いている時間は、文化祭当日の特別営業の準備の最終調整に充てていた。
ホールと厨房を他の寮生に任せ、ジェイドとフロイドもアズールの業務を手伝っていた。
しかし急いでいる時ほどやたら足止めを食らうのと同じで、やることが立て込んでいる時ほどトラブルが起こるのは、世の常とも言える。
何事にも万全の準備を整えて臨むアズールにとっても、それは例外ではなかった。