第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
「フロイド!シェラさんを離しなさい。お前が全力で絞めたら折れてしまうだろう!」
アズールはフロイドを叱ると、苦しさのあまり泡を吹きそうになっているシェラから引き剥がそうとする。
ぐえっ、という女子らしからぬ呻き声を上げながらシェラは助けを求めてジェイドをちらと見る。
しかしジェイドもジェイドで上品に微笑みながら優雅に紅茶を飲んでいるだけで、全くもってフロイドを止めようとしない。
高みの見物といったところだろうか。
(この……っ、面白がって……っ!)
心の中で珍しいくらい悪態をつきながら、シェラはフロイドの背をトントンと叩く。
「アズール先輩の言うとお……り……っ。痛……っ!折れ……っ」
「あっ……!ごめん、つい……」
やっとシェラが昇天しかけていることに気づいたフロイドは慌てて抱き締める力を緩めた。
ようやく解放されたシェラは、犠牲になりかけたあばら骨をさすりながらフロイドを見上げて眉を寄せる。
「あなたは私のあばらをへし折るつもりですか……。まったく、誰も辞めたいなんて言っていないでしょう……」
「えっ!?小エビちゃん続けてくれんのー!?」
溜息混じりにシェラが辞めるつもりは無いと言う。
すると、それを聞いたフロイドの顔がぱっと輝いた。
(絞める前に話を聞いてください……)
あれは〝抱き締める〟ではなく〝抱き絞める〟だった。
気持ちが先走った結果、色々な意味で先に手が出るのはいかにもフロイドらしいが、本当にもう少し手加減というものを覚えて欲しい。
「はい。支配人であるアズール先輩が契約を打ち切らない限りは」
そういってシェラはアズールに視線をやる。
フロイドも同じようにしてアズールをジッと見つめた。いや、睨みをきかせた。
ジェイドも何も言わずにティーカップを傾けながらアズールの言葉を待つ。
3人の視線を浴びたアズールは、臆することなく得意げに眼鏡に手を添えると、口角を上げた。
「シェラさんを解雇するとでもお思いですか?やっと引き入れた優秀な人材を僕がみすみす手放すわけないでしょう」
上品さと下衆さという相対する含みを持った美しい笑顔は、まさに悪党のそれだった。
(引き入れた……。また正直なことで)