第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
「寮生が報告してきた、と仰っていました」
(それは教えてくれるのですね……)
どうやら契約というのは、名前を伝えないということだけらしい。
シェラがモストロ・ラウンジでアルバイトを始めた成り行きを話したのはエースとデュースのみであるが、その時にクラスメイトのスカラビア寮生の耳に入ったのかもしれない。
「それで、今後のバイトの雇用契約についてですが」
表情を改めたアズール。
ぴん、と張りつめた空気をシェラは感じ取った。
(契約終了かな……)
シェラは表情を変えずにことを悪い方向へ考える。
元々シェラがアルバイトを始めたのは、修繕費と労働費を分割で支払う為だ。
その支払い義務がなくなった今、アズールとしてはシェラを雇い続ける理由がない。
(バイト、結構楽しかったんだけどな……)
今日までのアルバイトの日々が走馬灯のように駆け巡る。
最初はなし崩し的に始まったモストロ・ラウンジでのアルバイトであったが、それでもシェラなりに楽しんでいた。少なくとも出勤が嫌だと思ったことは1度もない。
解雇されることを考えると、シェラは悲しくなった。
しかしそれを全く表情には出さずに、変わらぬポーカーフェイスでアズールの次の言葉を待つ。
「えー!?小エビちゃんバイト辞めんの!?」
アズールが続きを話す前に、大人しく紅茶を飲んでいたはずのフロイドが一目散にシェラへ駆けてくる。
「そんなん絶対やなんだけど!!」
そしてその勢いのまま、どこにも行かせないと言わんばかりにぎゅうっと抱き締めた。
あまりの勢いに、シェラの両足がちょっと浮いた。
「痛……っ!ちょ……フロイドせんぱ……っ、あばらが……っ!」
なんだか既視感のある展開だった。抱き締める力が強すぎて別の意味でシェラの脳裏に走馬灯が駆け巡りそうになる。
「やだ!小エビちゃん辞めないでよー!!」
気が早い。まだシェラもアズールも何も言っていない。
しかしフロイドは、シェラを解雇するのは断固反対だと言わんばかりにアズールを睨んで威嚇している。
こういう威嚇しているところを見ると魚だなあ、なんて呑気なことを頭の片隅で思ったが、今はそれどころでは無い。
早く解放してもらわないと本当にあばら骨が2、3本犠牲になりそうだ。