第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
シェラが想像していたよりも実際に支給された金額の方が多かったのは、天引きされるはずだったものが引かれていないからだった。
天引きどころか明細に記載すらされていない。
守銭奴アズールが天引き分を忘れるはずがない。どういうことだと、シェラはアズールの返答を待つ。
「その件についてですが……シェラさんの給料から天引きする予定だった修繕費と労働費は既にある方からいただいています」
「……は?」
アズールから予想だにしていなかったことを伝えられ、驚きのあまり思わずシェラの口から間抜けな声が出た。
元々モストロ・ラウンジでアルバイトを始めたのは、請求されている修繕費と労働費を一括で払えないからだったはず。
どういうことか理解が全く追いつかず、シェラは言葉が出てこない。
ちらりとその場にいたジェイドとフロイドを見るが、ふたりともちっとも驚かず我関せずといった様子で優雅に紅茶を飲んでいた。
このさまならきっとふたりとも知っていたのだろう。このふたりも共犯だ。
「ホリデー明けすぐにそのお方と従者の方が一緒に僕の元へやって来て、件のことについての謝罪とお礼としてマドルの束を置いていきました。代わりにシェラさんからは労働費と修繕費を――お金を取らないと約束してほしい、と」
どうやらシェラの知らないところで、誰かがシェラの借金――もとい修繕費と労働費を肩代わりしてくれていたらしい。
そしてその誰かであるが、そんな大金をぽんと用意出来る人物なんて相当限られる。
「……ちなみにそれって、カリ――……」
「僕の口から名前をお伝えすることは致しかねます。そういう契約ですから」
この学園一の富豪の名を出そうとしたシェラへ、重ねるようにアズールは言った。
名前は明かさない契約らしい。
正直名前を言われなくても、ホリデー中の一連の事件についての謝罪とお礼という名目となると、該当するのはシェラが言おうとした彼ひとりしかいない。
「わかりました。ちなみに彼はどうして私が労働費と修繕費の請求をされていると知っていたんですか?」
契約である以上アズールはその人物の名前を割らないだろう。
だから名前を聞くことはやめて、なぜシェラが修繕費と労働費を請求されていることを彼は知っていたのかアズールに訊ねた。