第11章 7-3. 咬魚の誘惑 後編
シェラがモストロ・ラウンジでアルバイトを始めて1ヶ月が経った。
NRCトライブのマネージャーと兼業してアルバイトに勤しむ日々は想像以上に慌ただしく、体感でいえば過ぎた時間の半分くらいだった。
メンバー間で多少のトラブルはあったが、それも解決して今や最初のギスギス感は嘘かのようにまとまりを見せている。
VDC本番まではあと1週間。
これから当日まではマネージャー業に集中してほしいとヴィルから依頼があり、アルバイトはお休みすることになっていた。
無論、アズールも了承済みである。
そして今日はVDC前最後の出勤日だからか、就業前にアズールにVIPルームに呼ばれていた。
「シェラさん、先月はお疲れ様でした。これは先月の分のバイト代です」
「ありがとうございます」
呼ばれたのは先月分の給料を支給するためだったらしい。
シェラはアズールから紫色の封筒を受け取る。
表にはアズールの美しい字で〝Shela・Linsey〟と書いてある。
あまりの達筆っぷりにバイト代よりもそちらに興味が湧いた。
美形な守銭奴は顔だけでなく書く字まで美しい。
「明細の確認が終わりましたら受領証にサインをお願いします」
アズールの美文字を見てから自分の字を書くのはなんとなく気が引けるが、シェラは言われた通りに封筒を開け明細と入っている金額を確認する。
この場にはアズールだけでなくジェイドとフロイドもいる。
彼らの目の前で給料の確認とはなんともいえず気を遣うが、当の本人達はちっともお金には興味が無いらしい。
ジェイドはアズールの業務の補佐をしているし、フロイドは相変わらず何もせずソファでくつろいでいる。
一体フロイドは何のためにここにいるのだろう。
「……?」
支給されたバイト代と明細を確認して、シェラは首を傾げる。
見間違いかと思い、もう一度確認したがやはり入っている金額は明細通り。
疑問に思い、シェラは無言でアズールへ視線で合図を送った。
「どうかされましたか?」
従業員の給料など経理関係もアズールがしているはずだ。
視線に気づいたアズールは素知らぬ顔でシェラに声をかける。
「……なんか、多い気がします。というか、スカラビアの件の修繕費と労働費が引かれていない……?」