第10章 7-2. 咬魚の誘惑 中編
だからシェラも彼らと同じようにヴィルの食事制限を守っていた。
しかしせっかく作ってくれたのに、全く手をつけないのはフロイドに対して失礼だという気持ちもある。
悩んだ末にシェラは、ほんのひとくちだけペペロンチーノを食べると皿を置いて、スープに手をつける。
「……ごちそうさまです」
取り分けた分のサラダとスープを食べ終えると、シェラはフォークを置いた。
ちらりと隣を見ると、フロイドがきょとんとしていた。
「……小エビちゃんもしかして具合悪い?」
「え?」
シェラが賄いをあまり食べなかったから、体調が悪いのだと思ったらしい。
フロイドはシェラの額に手を当て、自分の体温と比べ始める。
熱がないことを確認すると、首を傾げながら更にきょとんとする。
「いえ、全然元気ですが」
シェラが体調不良を否定すると、みるみるフロイドの顔が悲しげに青ざめていった。
眉を八の字に下げ、この世の終わりの様な表情をしている。
「……もしかして、美味しくなかった……?」
「えっ?」
せっかく作った賄いをシェラにほとんど食べてもらえなくて、どんよりと落ち込むフロイド。
がっくりと肩を落とす姿は普段よりも小ぢんまりとして見えた。
そうだ、フロイドにはヴィルの言いつけの話をしていなかった。
これでは美味しくなかったから食べなかったのだと勘違いさせるには十分過ぎだった。
「いえ、違います……!とっても美味しかったです……!」
慌ててシェラはフロイドの思い込みを否定する。
忖度なんてしていない。
ひとくちしか食べられないのが心の底から惜しいほど、フロイドが作ったペペロンチーノは本当に美味しかった。
可哀想なことをしてしまった。
自分のせいでフロイドにこんな顔をさせてしまって申し訳ない。
「その、VDC本番までは単糖類と小糖類、香辛料を使った食事は禁止されてるんです。すみません、お伝えするのを忘れていました」
シェラは正直に事実ありのままを伝える。
するとフロイドの顔から徐々に悲しげな色が引いていった。
「そーなの?不味かったわけじゃない?」
シェラの言葉を再度確かめるように訊くフロイド。
相当ショックだったらしい。
バスルームでの鉢合わせを謝った時と同じくらいしょぼくれている。