第10章 7-2. 咬魚の誘惑 中編
「小エビちゃーん!賄い出来たから今持ってくね!」
今日も平和に1日の営業を終えてシェラがソファで一息ついていると、明るく弾んだ声がシェラを呼んだ。
声がした方を見ると、フロイドがパスタ用のトングを振りながらニコニコしていた。
フロイドの上機嫌な様子につられて、シェラの表情もほんのり柔らかくなる。
「シェラちゃんお疲れ様」
フロイドに手を振り返してると、クラスメイトが声をかけてきた。
シェラにマジフトのディスクをぶつけてしまった彼で、名前はルカという。
身長は160センチ代後半でオクタヴィネル所属の寮生の中では小柄な体格をしていて、緩く癖のある暗めの青緑色の髪が柔和な雰囲気を醸し出している。
「お疲れ様」
シェラは普段教室で会話する時と同じように、淡々とした口調で返す。
「バイト、慣れたかな?」
「うん。だいぶ。いつもフォローしてくれてありがとう」
『座る?』と訊いて少し詰めようとしたシェラを、ルカは片手で制した。
「それならよかった。……なんかすごくいい匂いがするね」
厨房からスパイシーで食欲をそそる匂いが漂ってきている。
「フロイド先輩がさっきパスタ用のトングを持って手を振ってたよ」
「じゃあ今日はパスタかな。シェラちゃんがバイト始めてから賄いが豪華になった……」
「そうなの?」
最近はフロイドがキッチンに入ることが多いから、賄いもフロイドが作っているらしい。
日頃の賄いが質素というわけではないが、シェラがシフトに入っている日はあからさまにやる気を出し、目に見えて賄いが豪華になったとルカは言っていた。
寮生の中では既にシェラに毎日シフトに入って欲しいと思っている人もいるのだとか。
「あれー、小エビちゃんにディスクぶつけた小魚ちゃんじゃーん。お疲れー」
出来上がった賄いを持ってフロイドはシェラが待つテーブル席へやって来た。
いつも通りの飄々とした口調でフロイドはルカに声をかける。
他人に興味のないフロイドは、後輩の顔と名前があやふやらしく、ルカのことはシェラにディスクをぶつけた小魚と認識したようだ。
「お疲れ様です。では、僕はこれで」
「あれー、いっちゃうの?一緒に食べようよー」
「いえ、僕がいるとおふたりの邪魔になるので、失礼します」