第10章 7-2. 咬魚の誘惑 中編
「へえ、ベタちゃん先輩の……」
スキンケアなど、この手の話に興味がないと思っていたフロイドが食いついてきた。
「青緑色のドロドロとした液体で、最初は何かの冗談かと思いましたが、効果は本当に素晴らしかったです」
美に対して非常に強いこだわりのあるヴィルの愛用品なだけあって、効果は絶大だった。
朝起きた時に、これは同じ自分の肌なのかと感動に近い驚きがあった。
自分史上最高に肌ツヤが良く、思わず触りたくなってしまう。
いつか図書館でつついた、水分をたっぷり含んだみずみずしくもっちりとしたフロイドの肌に追いつけたような気分になった。
ヴィルの化粧水について、シェラはひとつ思い出したことがあった。
「アズール先輩からもらった物だと言っていましたが、何が入ってるんですか?」
アズールと取引して作ってもらったと、ヴィルは言っていた。
化粧品まで作れるなんてすごいと、シェラは純粋に思う。
シェラが原料についてアズールに訊ねると、VIPルーム内にきな臭い空気が流れ始める。
アズールとジェイドは顔を見合わせている。フロイドは何故か表情が抜け落ちた虚無顔になっている。
(……?そんな変なこと訊いたかな……)
「あの……?」
不穏な空気を感じ取ったシェラは眉を顰める。
なにかまずいものでも入っているのかと訝しんだシェラ。
1番最初に口を開いたのはフロイドだった。
「あァ、それは――……もごっ!?」
「すみません、ラウンジで寮生が僕達を呼んでいるのを忘れていました。ではシェラさん、後ほど」
何か言いかけたフロイドの口を思い切り引っ叩くようにしてジェイドは塞ぐと、笑顔でそのままフロイドを引きずりながらVIPルームから退室した。
シェラの不信感はさらに募る。
あのやり方は無理やり黙らせたに等しい。
なぜならシェラも、バルガスに口答えしようとしたフロイドの口を同じようにして塞いで黙らせたことがあるから。
「シェラさん、それは企業秘密です」
「そう、ですか……」
「そんなに疑わなくても、〝天然由来の成分〟しか入っていませんよ」
にっこりと微笑むアズール。その笑顔がどうしても胡散臭い。
自然界に化粧水の材料に出来そうな青緑色は存在しない気がするが、余計なことは言わずにシェラもVIPルームから退室した。