第10章 7-2. 咬魚の誘惑 中編
「では、後ほど」
自分の用事を済ませたシェラは、邪魔になってはいけないと思い退室しようと踵を返した。
フロイドが座るソファの後ろを通った時、ふいにフロイドに手を掴まれた。
「……なにか」
珍しくフロイドの顔が見下ろす位置にある。
シェラは表情を変えずに淡々と用を訊く。
「ねぇ、小エビちゃん今日昼休みどこ行ってたの?小エビちゃんと一緒にランチ食べよーって思って教室に行ったのにいなかったんだけど」
フロイドは唇を尖らせながらシェラをジッと見つめる。
その姿が拗ねた子どもみたいで少し可愛かった。
しかしそうとは言わずに、いつも通りのポーカーフェイスで訊かれたことに答える。
「VDCの代表チームのマネージャーになったので、お昼休みは練習に付き合ってました」
「ふぅん。大変そーだね」
シェラは昼休みの不在の理由を伝えると、フロイドからは分かりやすく興味の無い返事が返ってきた。
不在の理由よりも興味がそそられるものがあったようで、フロイドはグローブをつけていない手でシェラの頬に触れた。
「小エビちゃんなんかいつもより肌つるすべじゃね?なんかしたの?」
そう言いながらフロイドは、触り心地を確かめるようにシェラの頬を撫でた。
スキンケアしたてのような、普段よりも潤いとつやのあるシェラの肌が気になったらしい。
「ああ……」
シェラはフロイドの手に上から自分の手を重ねると、一瞬だけ指を絡めて握り、そして離した。
「肌の乾燥が気になったので昨日ヴィル先輩にスキンケアの相談をしたら、スペシャルケア用の化粧水を試させていただいたので、それかと」
ヴィルは出場メンバーだけでなく、マネージャーのシェラにもスキンケアの妥協を許さなかった。
マネージャーという立場であってもメンバーであることには変わりはないと、メンバーたるもの雑なスキンケアは論外らしい。
ヴィルはシェラの肌の状態を見ただけで、必要なスキンケアを導き出してくれた。
シェラは他の男子よりも皮脂分泌が少なめで乾燥しやすいから、化粧水を手で押し込むように浸透させた後に乳液、最後にクリームを塗って蓋をすると良いらしい。
ヴィル愛用化粧水はとろみのあるテクスチャであるから、コットンでつけるよりも手でパッティングした方が浸透しやすいのだとか。