第10章 7-2. 咬魚の誘惑 中編
アズールはシェラが出した〝対価〟という言葉に反応した。
眼鏡を上げる仕草をしながら、得意げに口角を上げている。
頼み事を引き受けるときには対価を提示することが、オクタヴィネルでは当たり前とされている。
そしてそれを寮生に徹底させているのは、寮長のアズール。
オクタヴィネル――モストロ・ラウンジに引き込んだシェラもその思考に染まりつつあるとアズールは思ったのだろう。
シェラはそれを内心否定しながら、続きを話す。
「それで、バイトについてなんですけど、マネージャーになる前からやっていたことなのでそれは今まで通りで構わないとのことです。ですが、VDC当日はメンバーのサポートなどもあるので、モストロ・ラウンジで予定している営業とドリンクの移動販売に入ることが難しそうです。すみません」
「わかりました。早めのご報告ありがとうございます。ではシェラさんは人数に含めずに当日のシフトを組みますね」
アズールの手元にあったのは、文化祭期間中のモストロ・ラウンジでのフェアの企画書と、移動販売をするドリンクの発注書だった。
学校行事であるから、こういった書類の類は学園長のクロウリーと運営委員長のリドルに通さなくてはならないと言っていた気がする。
「はい。ご配慮いただきありがとうございます」
シェラがぺこりと頭を下げたと同時に、突拍子もなくVIPルームの扉が開いた。
シェラは顔を上げながら扉の方を見ると、シルバートレーにティーセットを載せたジェイドと手ぶらのフロイドが入室してきた。
「ねーねーアズールぅ」
「フロイド、入室する前は最低限ノックをしろといつも言っているだろう。お前は何度言ったらわかるんだ」
普段とまったく変わらない様子でアズールに声をかけるフロイド。
アズールはノックも無しに入室してきたフロイドを叱りつける。
「はいはーい。やることいっぱいで忙しいアズールの為に、ジェイドがお茶を用意してくれたよー」
アズールの説教を慣れた様子で聞き流したフロイドは、長い脚を組んでソファに座った。
「おや、シェラさんもいらしていたのですね」
ジェイドはアズールの傍らでカップへ紅茶を注ぎながら、にこやかにシェラへ声をかけた。
「お疲れ様です」
そう言えば今日、ふたりとは今の今まで顔を合わせていなかった。