第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
「あは。だって小エビちゃんが美味しいって言って喜んでると、オレも嬉しいし。早くオレのこと好きになってくれないかなぁ」
フロイドは大きなエビの抱き枕を持ち上げながらはにかんだ。
シェラが喜んでくれると自分も嬉しいというフロイドの気持ちはよく分かる。
ジェイドも、自分が淹れた紅茶をシェラが喜んでいてくれていたと知った時に同じことを思ったから。
シェラの喜びは自分の喜びでもある、というのはジェイドもフロイドと同じ。
やはり、自分はフロイドと同じ想いをシェラに抱いていることを改めて思い知った。
けれど、シェラの視線の先にいるのは、いつだってフロイドだ。
本人は気づいていないが、ジェイドに向ける表情は変化の少ないポーカーフェイスばかりなのに、フロイドに向ける表情は仮面を取った16歳の女の子だった。
フロイドに背を向けたジェイドの顔に翳りがさす。
「もし、シェラさんが好きだと言ってきたら、フロイドはどうします?」
我ながら莫迦なことを訊いていると思った。
塩なんて生易しいものではなく、わざわざ自らの傷口にタバスコでも振りかけるような質問だと思った。
ただ、フロイドはシェラとの未来をどう考えているのか聞いておきたかった。
「えー?そぉだなー……」
唐突にジェイドがそんなことを訊くから、フロイドは一瞬ぽかんとしたのち考え始める。
そして笑顔が咲いた。
「まずはぎゅーって抱きしめて、いーっぱいちゅーしたいなぁ」
エビの抱き枕をシェラに見立てているのだろうか。
フロイドはそう言いながらエビの抱き枕をぎゅーっと抱きしめ、ちゅっとキスをする。
無邪気に笑うフロイドとは対照的に、その様子を見つめるジェイドの笑顔はどこか寂しげだった。
「あとは、小エビちゃんはこの世界のことあんま知らないだろうし、オレも陸あんま詳しくねーから、ふたりで陸の色んなとこいっぱい遊びに行きたいなぁ。楽しい思い出いっぱい作りたい!小エビちゃんがオレのこと好きになってくれるの、待ち遠しいなぁ……」
淡く微笑みながらフロイドはエビの抱き枕をぎゅっと抱きしめて頬を寄せる。
楽しそうにシェラと結ばれた後のことを話すフロイドに、ジェイドは寂しげな笑顔のまま目を伏せる。
「そうですか。……」