第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
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「今日のラウンジの営業、小エビちゃんと一緒だったから楽しかったなぁ」
弾んだ声でそう言うフロイドは、ぼふっ、とベッドに身を投げた。
シェラをオンボロ寮まで送る役目をフロイドに譲ったジェイドは、先に入浴を済ませて明日の支度をしていた。
きちんとアイロン掛けをした皺ひとつ無い制服のシャツをハンガーにかけながら、ジェイドは風呂上がりのフロイドを横目で見る。
いつもは風呂上がりにドライヤーで髪を乾かすのを面倒がるフロイドであるが、今日はご機嫌だからかジェイドに言われなくともちゃんと髪を乾かして出てきた。
「ええ。アルバイトとはいえ、僕達と同じ寮服を着ているとシェラさんもオクタヴィネル寮生になったようで嬉しいですね」
「あは、だよねぇ。キッチンから小エビちゃんのこと見てたけど、小魚達より全然よく動いてくれてんじゃん。ほーんと、真面目だよねえ」
朗らかに笑いながらフロイドはシェラのことを褒める。
長い手足をいっぱいに伸ばすと、フロイドは寝返りを打ってジェイドの方を見る。
〝賢い〟オクタヴィネル生は咎められない程度に手を抜くのが上手いが、シェラはそういった真似をするような人ではない。
フロイドが言うようにいつでも真面目でまっすぐだ。
「賄いも美味しいって言ってたくさん食べてくれたし、次はなに作ろうかなあ」
「確かに今日の賄いは絶品でしたね」
自分と一緒にいるのにも関わらず、フロイドの話ばかりするシェラのことを思い出した。
胸がちくりと痛んだが、それをフロイドに悟らせないようにジェイドは口角を上げた。
「次はデザートにカヌレ焼こっかなー」
「何故カヌレを?一晩生地を寝かせる必要があるでしょう」
カヌレとは外側が硬く中がしっとりとした食感でバニラとラム酒が香る焼き菓子のことで、作るのにクッキーやシフォンケーキよりも手間がかかる。
「小エビちゃんの好きな食べ物らしいんだよねー。カニちゃん達が言ってた」
先日カヌレの作り方を調べていたフロイド。
てっきりモストロ・ラウンジの新メニューとして提案するのかと思っていたのだが、どうやらシェラの好物だったらしい。
「普段のフロイドだったらそんなに手間のかかるお菓子は面倒だって言うところですが……シェラさんの為となると手間を惜しまないのですね」