第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
ジェイドは双子の片割れに思いを馳せる。
シェラが他の雄の話をした時、フロイドも同じように抱いたのだろうか。
この醜く、狂おしく、そして純粋な感情を。
ジェイドはすっと目を細める。
もしそうだったとしたら、フロイドと同じ気持ちをシェラに抱いているのかもしれない。
神妙な面持ちをしているジェイドへ、シェラは見上げ声をかけた。
「ジェイド先輩」
「はい」
またフロイドの話題が出てくるのかと、ジェイドは少し身構える。
フロイドの話題が出てくる度に、胸が苦しくなる。
ジェイドと――自分と一緒にいるのに、シェラはフロイドのことばかり考えている。
それが、今日はどうしても癪だった。
「今日のルイボスティー、本当に美味しかったです。ありがとうございました」
「……え?」
身構えたジェイドであったが、シェラの口から出てきたのはジェイドが淹れたお茶のことで、普段のジェイドからは想像出来ないような間の抜けた声が上がる。
「ジェイド先輩が淹れてくださるお茶はいつも本当に美味しいですね。それに毎回私のことを考えて種類を選んでくださって……あまりに美味しいので毎日飲みたいくらいです」
そう話すシェラの表情がふわりと柔らかくなった。
美味しいものには朴念仁を笑顔にさせる力がある。
授業後には疲労を回復させるレモンティーを選んだことを始め、どの場面でジェイドがどんな種類の紅茶を淹れたのか、シェラはひとつひとつきちんと覚えていて、それを嬉しそうにほんのり微笑みながらジェイドに話す。
(おやおや、これは……)
いつかフロイドが、シェラのたまに見せてくれる笑顔が可愛い、と言っていたことを思い出した。
フロイドが言っていたのは、このことだったのかと思う。
柔らかく笑うシェラは、真珠のようだった。
その笑顔は今、フロイドではなくジェイドに向けられている。
「シェラさんにそう言っていただけて光栄です。……嬉しいですね」
建前を本音のように言えるジェイドの口から、本心がぽろりとこぼれる。
ジェイドの胸の奥に愛しさに似た、あたたかな感情が火を灯した。
目を凝らさないと分からない、小さな小さな蝋燭の灯りのような感情ではあるが、それは確かに胸の奥に渦巻いていた醜い感情を燃やした。
これが、恋というのだろうか。