第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
今日はよく頑張ってくれた。
ぼんやりしているように見えるが、シェラは頭が良く切れる。
それを惜しみなく発揮してくれて、初日とは思えない働きぶりを見せてくれた。
シェラにも伝えた通り、この分ならトレーナーとしてつきっきりで指導するのは、1週間もいらないだろう。
誰にも言わず、ジェイドはそれが少し惜しいと思っていた。
自分が教えたことに対して、従順に返事をして実践する姿が可愛らしかった。
その時間だけは、シェラを独占しているような、優越感にも似た気分を味わうことが出来た。
眠るシェラへ、ジェイドは愛おしげに呟いた。
「いつも綺麗な顔をされていると思っていましたが……寝顔は案外愛らしいのですね」
淡白なポーカーフェイスではなく、年相応のあどけなさを持った女の子がそこにいた。
シェラはジェイドの〝綺麗〟という言葉をリップサービスだと思っているが、言っているジェイド本人は違った。
シェラのことを綺麗だと褒めるのは、いつだって本心からだった。
シェラは自分の顔を素朴で薄めだと分析し、貧相な体型だと卑下しているが、ジェイドにとってはそのすっきりとした顔立ちと無駄のない身体つきがとても魅力的だった。
それ以上に、シェラの律儀な性格が表れた、力強い黒真珠の瞳が好きだった。
淡々としたクールな仮面の下に、揺るぎない信念を持っている。
優雅な品はまた違う、凛とした品格がシェラを美しく見せていた。
しばらくシェラの寝顔を楽しげに眺めたジェイドは、表情を緩めた。
「本当に静かに眠る方ですね、貴女は」
寝息が静かすぎるシェラへ、ジェイドは語りかけるように言った。
このままフロイドの元へ連れていきたくない、という気持ちがジェイドの中で芽生える。
眠るシェラの髪を愛でるように撫でると、鼻先がぶつかりそうな距離まで顔を近づける。
それでもシェラは起きない。すぐ目の前にジェイドがいるのに、男がいるのに。
まさか自分が襲われるなんて微塵も思っていないであろう、無警戒で無防備なシェラがいじらしい。
そう、食べてしまいたいくらい可愛い。
「そんなに無防備でいると、そのうちぱっくり食べられてしまいますよ?」
にやりと上げた口角から、鋸状の鋭い歯が覗く。