第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
「紅茶とは違ってカフェインも入っていませんので、眠れなくなる心配もないのでご安心くださいね」
「ありがとうございます」
シェラはジェイドが淹れてくれたルイボスティーをひとくち飲んだ。
紅茶とはまた違ったすっきりとした味わいで、じんわりと身体の中に広がる温かさがシェラの1日の疲れを癒していく。
フロイドが用意してくれた豪華な食事と、ジェイドが淹れてくれた美味しいお茶。
まさに至れり尽くせりとはこのことで、いちアルバイトの身分なのにこんな贅沢を味わうことが出来るとは思わなかった。
アズールの誘い文句は確かで、アルバイト代云々よりもこの賄いを食べられるだけでシェラはもう満足だった。
美味しすぎる賄いに舌鼓を打っていると、シェラはアズールがこの場にいないことに気がついた。
「アズール先輩は食べないんですか?」
「アズールはカロリーと体型の管理を徹底していますので、午後8時以降は食事を摂りません」
「そうなんですか。こんなに美味しいのに……」
絶品の賄いがつくと誘ってきたのはアズールであるが、当の本人は食べないらしい。
心の中でシェラは『もったいないなあ』と思う。
「小エビちゃんはぁ、いっぱい食べてね?」
「出勤する度にこんなに美味しい賄いをたらふく食べてたら太りそうですね」
「シェラさんは僕達と同じでどれだけ食べても太らない体質でしょう」
アズールが聞いたらものすごく怖い顔で睨んできそうな台詞だ。
シェラの右隣に座るジェイドは、パエリアを口に運ぶ手を止めない。
確かにジェイドの言う通り、シェラはどれだけ食べても肉がつかない。必要なところにも、だ。
「……さすがひょろひょろ過ぎるんで、もう少し脂肪があってもいい気がしてます」
またもやアズールが聞いたら贅沢な悩みだと一蹴してきそうなことをシェラは言う。
しかしシェラにとって、この痩せぎすな身体はコンプレックスでしかなかった。
「今の細身のシェラさんも素敵ですが、多少肉づきが良くなっても変わらずしなやかでお美しいでしょうね」
「じゃあもっといっぱい食べよー!」
空いた小皿にフロイドはおかわりのパエリアを盛った。
「え、ちょ……」
その後もフロイドはシェラを太らせようとしているのか、皿が空く度におかわりを盛ってくれた。