第9章 7-1. 咬魚の誘惑 前編
シェラもエビを食べようとしていたフロイドに対して同じようなことを思ったから、本当は人のことを言えない。
もぐもぐとエビを咀嚼しながら、シェラは誤魔化すように手で口元を隠す。
「失礼いたします」
シェラがエビを飲み込み、ビスクスープへ手をつけようとしていたところへ、ジェイドが声をかけてきた。
手にはシルバートレーがあり、その上にティーセットが載せられていた。
厨房へ行って戻ってこないと思っていたら、お茶を用意してくれていたらしい。
「あっ!ジェイドー!ジェイドも賄い食べてよー!オレ今日頑張ったんだよねぇ!」
「はい。先程からラウンジ内は美味しそうな匂いでいっぱいです」
フロイドはジェイドの分も小皿に取り分けながら朗らかに言うと、ジェイドは穏やかに笑いながら『楽しみですね』と返した。
シェラはというと、ふたりの会話そっちのけでビスクスープに夢中だった。
まろやかでクリーミーな舌触りと濃厚な甲殻類の旨味が甘味にも感じられ、あまりの美味しさにシェラはこっそり感動する。
「ねぇ?シェラさん?」
「えっ……?あぁ……、サラダもパエリアもスープも、本っ当に美味しいです……」
ジェイドに話を振られ、シェラは会話に戻ってくる。
美味しすぎるビスクスープに夢中で、会話が上の空だったことがジェイドにばれたような気分で、シェラは気まずく目を泳がせる。
「ふふっ。シェラさんに喜んでもらえてよかったですね。張り切った甲斐がありましたね」
ジェイドはそんなシェラを咎めることなく、むしろ微笑ましげに見つめると、テーブルを挟んでシェラの前に跪き、優雅な所作でお茶の用意を始めた。
ポットもカップも透明なガラス製で、紅茶よりもより赤く透き通ったお茶が入っていた。
ジェイドがカップにそれを注ぐと、密度の濃い湯気と共に薬草や香草の類に近い香りが立ちのぼった。
ただ、ジェイドの淹れてくれたお茶は、薬草独特の鼻をつくような匂いではなく、どちらかといえば上品で落ち着く香りだった。
「ルイボスティーです。流石に初日でお疲れだと思うので、リラックス効果の高いハーブティーをご用意しました」
「お気遣いありがとうございます」
ジェイドはシェラの前にカップを置くと、そのままシェラの右隣に座った。